27 俊也のお伺い
「さて。どうしたもんかな」
日はとうに暮れ、一個だけ付けた蛍光灯が空間を照らす。大場モータースの屋根の上に、瘤のようにくっついた俊也の居住スペース。自分で材料を買ってきて作り付けたそこは冬は寒く、夏は暑いという最悪な環境だ。今は夜なのでそれほど蒸さないが、窓を開けると大量の蚊が侵入してくるので、閉めきった部屋の空気はまだ昼間の熱を放出しきれず澱んでいる。ここに住むと決めた当初は、本当は冷暖房も付けられるできあいのプレハブを使おうと思っていた。しかしそうするとクレーンで吊り上げねばならず、工費がばか高くなるのであえなく断念した。そもそもここまではクレーン車も入れないだろう。カーブの多い狭い坂道のほぼ峠に位置するこんな場所までは。おかげで友人の息子である悠星に「秘密基地」というありがたくない称号を得た。別にそれは揶揄するものではなく、むしろ憧れられているくらいなのでそのままに呼ばせている。
思えば、自分に懐いて久しい悠星も随分大きくなったものだ。
「とりあえず、報告がてらにアイツに連絡してみるか」
俊也は枕元に放ってある携帯に手を伸ばした。
何度目かのコールの後、通話に切り替わった携帯からはだるそうな男の声が聞こえた。
「おう」
「よぉ、カツ。生きてるか?何だそのへたれた声は」
電話の相手、克喜は不服そうに返す。
「うるせぇな、寝不足なんだよこっちは」
「そんな忙しいのかよ」
「今日締めの案件が二個あって最近はほとんど徹夜だった。飲んだのは失敗だったな……」
そういえば今年は盆休みもとれないほど多忙だと言っていた。
「そりゃ御愁傷様」
「……んなこと言うためにわざわざ電話してきたのかよ」
「そんなわけねぇだろ」
俊也はこちらで持ち上がっている再開発計画についてかいつまんで説明した。克喜は電話口でうーんと唸りながら聞いている。
「そういや暢子からそんなメールが来てた気がする」
「忙しいからって、あんまり奥さん放っとくなよ。愛想尽かされても知らねぇぞ」
「この歳まで独身のお前にだけは言われたくねぇよ」
ちょっと呆れぎみに言うと、声を低めて若干キレられた。克喜を怒らせてはいけない。普段クールを装っているこの男が隠し持つ牙の鋭さを誰より知っている俊也だ。
「おー怖っ。まぁ何にせよお前はそれまで知らなかったんだな、この話」
話を元の方向に戻す。
「知らんも何も、俺はそっちにいないんだから仕方ねぇだろ」
「業者は二年前から進んでる話だって言ってるぞ」
「二年前?」
やはり覚えはなさそうだ。こんな話を聞いて覚えていないことはないだろう。
じゃあ一体誰なら二年前からこのことを把握していたというのか。
「やっぱりなんか臭うな」
「どちらにしろ、今すぐ俺が帰って対処することはできんし、親父に任せとくしかないな。なんかうまいことやるだろ」
克喜の言うところの親父、つまり昭善は寺の住職としてこの町を守ってきた。確かに昭善ならば打開の手を打てそうだ。しかし今電話したのはそんな所感を聞くためではない。俊也はニヤリと笑う。
「それがちょっと面白いことになってんだよ」
「はぁ?」
深刻そうに話していたのに「面白いこと」などと言うので、克喜は怪訝そうな声を出した。俊也の本題はここからだ。
「いやぁ、お前の息子はなかなか突飛なことを言ってくれるよ。見てるだけで面白い」
「……悠星か。アイツがどうした」
克喜には三人の息子がいるが、俊也とつるんでいるのは末っ子の悠星ぐらいだ。だから名前を出さずともすぐに理解する。
「悠星がこの再開発計画を自分で止めると言い出した」
「はぁっ!?」
本日の最大音量で克喜が叫ぶ。飲んでいた酔いも徹夜の眠気もすっ飛んだようだ。
「うんうん。親としては心配だよなぁ。お前にまだ親としての矜持があったようで安心したよ」
「アイツは一体何を考えてるんだ……」
独り言のように呟く克喜。それに対し、俊也はきっぱりと言う。
「俺は、その心意気を買いたいと思う。もちろんお前が許すならだが、このまま経緯を見守りたい」
「……」
克喜に無断でそんなことはできない。大事な友人の息子をすすんで危険にさらしたいわけでもない。何かあれば、いや何かがある前に自分が矢面に立つ気でいる。
「だからちょっと、俺に任せてくれねぇか。俺は、アイツの成長を見たようでちょっと嬉しいんだ」
「……まぁ、お前が言うのならそうなんだろう」
単身赴任の多い克喜はほとんど悠星の側にいられない。その代わりにまではなれなくても、側でずっと見守ってきたのが俊也だ。
「わかった。すまんな、任せる」
「おう。いいってことよ」
通話を切って天井を仰ぐ。これで腹は決まった。
何があっても悠星を守り抜く。




