24 仲間募集
「あんまり母ちゃん困らせんなよ」
別れ際、悠星は俊也からそんなことを言われた。別にそんなに困らせていない、というか俊也には言われたくないと思ったが、苦い顔をしただけで言い返すのはやめた。
帰り道、林道の途中で悠星は立ち止まった。林が途切れて、町を見渡せる場所。
「あ……」
以前、ここからの景色に違和感を覚えたことを思い出す。その原因も今ならわかる。悠星がぶつかった、あの金属の柱のせいだ。あのときはそれが何なのかわからなかったが、今となってはあの斑野から説明を受けている。あの地図に示された区域の端を囲むように点々とその頭を覗かせている。しかもそれは。
「増えてる」
知らない間に、少しずつではあるが確実に計画は進んでいるということだ。さも当然のことのように。悠星はまたあの斑野に対する怒りがふつふつと湧いてきた。それと同時に、言い知れない焦りも。
早くしなければ本当に、この町が変えられてしまう。本当は誰も望んでいない(と悠星は思っている)再開発計画が実行されてしまう。
悠星はそのまましばらく自分の町を見下ろしていた。
「珍しいこともあるもんだね」
「おれをいじるのはいいから、ソウ兄も考えてよ」
翌日。悠星は再び創紀の家を訪れていた。目的は創紀にも協力をとりつけることだが、この日は珍しく夏休みの宿題を広げている。いつもは暢子への方便のために鞄に詰めては来るものの、ここでそれを開くことはまずない。だいたい一緒にゲームをしたり、だべっているだけだ。
悠星は地味に、昨日俊也に言われたことを気にしていたのだ。最近確かに暢子はいつもよりぼうっとしていることが増えて、傍目にも疲れているように見える。俊也の言はその原因の一端は悠星にあると匂わせるものだ。「宿題ちゃんとやってるの?」と呆れたように繰り返す暢子は、いつもため息をついている。悠星としては別に暢子を欺いたり裏切ったりしたいわけではないので、せめて宿題は真面目にやろうと思った。
創紀は創紀で自分の勉強をしながら、そうだなぁと呟く。悠星の「再開発阻止計画」への協力は二つ返事で快諾した。創紀としても悠星から頼りにされるのは嬉しいし、自分も再開発には基本的に反対の立場だ。新興住宅地である創紀の家は範囲外とはいえ、高校のクラスメイトのほとんどが家を出ないといけないような状況は承服しかねた。
カーペットの敷かれた床に寝っ転がるという褒められたものではない格好で宿題を広げる悠星は、頬杖をついて昨日見た柱のことを話す。
「本当むかつく。あの決定事項です的なやり方。何勝手に進めちゃってんの?って感じ」
「まぁ、その会社は正当性を訴えられるだけの何かを持っていると考えたほうがいいだろうな。さすがに完全な見切り発車ではここまでできないはずだよ」
悠星が直に接触した斑野に怒りを露にするのに対し、創紀は冷静に分析する。
「こんな大規模な計画である以上、その男が勝手に押し進めているとは考えられない。つまりその会社自体が計画を進めているってことになるけど、だとすればこの計画が通る根拠があるはずだよ。会社だって利益を出さなきゃならないんだから。あまり無謀なことはできないはずなんだ」
「うーん」
創紀の言う通りだ。これはただ斑野を何とかすればいいと言う話ではない。もっと大規模なことに首を突っ込んでいるのだ。悠星もそれはわかっているつもりだ。ただ目の前の怒りに引っ張られがちというだけで。
「一体どこから手をつければいいんだ?とりあえずあの待ち針みたいな柱、手当たり次第引っこ抜いてやろうか」
「そんなことしたら一発で補導されてアウトだよ」
悠星の発想に創紀は苦笑した。その柱がよほど気にくわないらしい。
どんどん煮詰まって難しい顔をする悠星に対し、むしろ創紀は明るく言う。
「とにかく情報が欲しいな。せめて町の人たちが賛成してないっていう証言とか。もうちょっと仲間が欲しいところだね」
そんな創紀の発言に、悠星はぶーたれる。この件では大人たちから散々茅の外にされてきたのだ。今さら仲間もないだろう。
ところが、創紀は意外にも本気だった。
「例えば、俺のクラスメイトに声をかけてみる。藍川さんたちなんか意外と乗ってくれるんじゃないかな。区域内だし」
「……え」
その名はさすがに覚えていた。あの最悪な対面をした女子高生だ。悠星は無意識に顔がひきつるのを止められなかった。




