21 渡り合う
「学校からの帰りかい?」
「いいえ?夏休み中なんで」
このおじさんはボケてるのかと思った。夏休みの時期を知らないなどということは普通ないだろう。だいたい今悠星は私服だ。小学生と間違えられたのであれば余計腹立たしい。
目の前の斑野はそんな悠星の気を知ってか知らずか、笑いを含んだ声で「そうか、それはうっかりしていた」などとのたまっている。
「道理で町中でよく子供たちを見かけると思ったよ。普段子供と接しないこういう仕事をしていると、どうもその辺の常識が抜け落ちちゃってね」
「はぁ」
ニコニコと笑いながら当たり障りのないコメントを吐く。悠星はただ戸惑っていた。会話すら成り立っていないこの時間は一体何なのか。できることなら今からでもさくっと無視してこの場を去りたい。
「このポールがひどく気になっていたようだね」
斑野は先ほど悠星がぶつかった金属の柱状のものをポンポンとたたく。まさかぶつかったところまでは見られていないとは思うが、なんだか覗き見されていたようで気味が悪い。ふと、以前香織に詰め寄られたときのことを思い出す。確かに自分のことを知らず観察されているというのは嫌なものだと思った。ようやくあのときは悪かったなと、ほんの少しだけ思った。
「これが何だかわかるかい」
「いいえ」
やっぱりちょっと馬鹿にされているような気がして、悠星は不機嫌な声で応える。この斑野は明らかに、子供だからとなめてかかっている。俊也や母ならともかく、この男に子供扱いされる筋合いはない。かなりガンを飛ばしてみたが、斑野はどこ吹く風といった様子で続ける。
「このポールで囲われた一帯が、今回の再開発エリアだ。想像できるかい?ここに全く新しい街ができるんだよ。まさに夢のような街がね。ワクワクするだろう」
町を見渡すように視線を巡らせながら、うっとりとした口調で喋る斑野。一方の悠星はドン引きである。
よくよく見れば、確かにそのポールは新興住宅地との境目に沿うように続いている。創紀の指摘によれば、再開発予定地にはその辺りは入らないらしいので、ここはその境界線ということになる。
男の態度にいい加減イラついていた悠星は、ありったけの皮肉で応えた。
「一度みんなから総スカン喰った計画なのに?」
一瞬、斑野の時が止まったように見えた。痛いところをつくことができたのか、と悠星は内心ほくそ笑んだ。が、次の瞬間。
「ハッハッハッ!」
轟音とでもいうべき声を高らかにあげて、斑野は大仰に笑ってみせた。その発作が収まるまで、悠星はぽかんと見つめる。
「なるほど。誰かから聞いたのだね。だが、それがどうしたというのかね?」
「……」
斑野の表情の変化に悠星は気づいた。笑っているのは口元だけで、目は全く笑っていない。今までの余裕綽々とした態度からすると、少しは動揺を誘ったということだろうか。男の声には若干の怒気すら感じる。
「それを知ったところで子供の君に何ができる?まさか大人の仕事に干渉しようというのではあるまい。私だって不憫に思わんでもないよ。意見することさえ許されない君たちのような存在をね」
少しも不憫になど思っていないだろうという態度で鷹揚に言い放つ。あまりの言いように言葉を失っていると、斑野は腰を屈めて耳元で囁く。
「せっかくだから教えておいてあげよう。私は子供が嫌いでね。もし邪魔立てするならガキだろうが容赦せんよ」
言うだけ言うと、斑野はそのまま後方へと歩き去っていった。振り返った悠星は立ち尽くし、その後ろ姿をいつまでも睨み付けていた。
これが悠星と斑野の初めての接触だった。最初から最後まで子供扱いされた悠星にはひどく気分の悪いものだった。




