2 ソウ兄と憂鬱
放課後。夏至を過ぎたばかりの空はまだ夕暮れの気配を見せず、長い午後の延長を思わせた。そんな中に響くのは、コンクリートの地面に跳ねるバスケットボールの音。
バシュッ。長身の少年が鮮やかにシュートを決めるのを、悠星は頬杖をついて見守っている。
目の前で華麗にボールを操っているのは、下の兄、悠斗の同級生である日野 創紀。小さい頃から悠星が三人目の兄と慕う幼馴染みだ。一人っ子である創紀もまた悠星のことを実の弟のようにかわいがってくれている。最近では本当の兄よりも、この創紀とつるんでいることのほうが多い。
ちなみにここはその創紀の家。悠星の住む寺から学校までにある新興住宅地の一角に位置する。創紀が生まれてから建てられたその家は悠星が暮らす母屋とは比べ物にならないほど現代的で、広く作られた駐車スペースの一角にバスケットゴールが据え付けられている。昔から、悠星はここで創紀や悠斗と混じって3on3などをして遊んでいた。今では悠星はほとんどその輪に入ることはなく、外から見ていることがほとんどだ。中学でバスケ部に入った彼らの同級生と、明らかにレベルが開いてしまったからだ。
しかし、悠斗と双璧をなすほどの腕前だった創紀はなぜか高校では部活に入らず、こうしていまだに家の前に立てられたゴールを相手にしている。悠星にはそれが謎だった。
「なぁ、ソウ兄はバスケ続けようと思わなかったの?」
悠星は兄のように慕う創紀のことを親しみをこめて「ソウ兄」と呼ぶ。問われた創紀は一瞬動きを止めて考える素振りをした。
「うーん、別に続けてもよかったんだけど、実力で悠斗には勝てないなって思ってたし」
「そんなことないでしょ。ソウ兄の方がすっげーゴール決めてたじゃん」
「アハハ、背が高いからね。まぁ今のは言い訳っぽいけど、なんか楽しくなくなっちゃったんだよ」
「楽しくない?」
「うん」
創紀は一度ゴールから離れるようにドリブルすると、そこから訳もない様子でボールを放る。きれいな放物線を描いて、ボールは網に吸い込まれるように入った。試合なら3ポイントシュートになるだろう。
地面を跳ねるボールをゆるく追いかけながら独り言のように続ける。
「ここで悠斗たちと技を競いあってたときは楽しかった。でも部活っていうのは良くも悪くもチームプレーなんだよ。個人の技より、チームが勝つことが大事。わかるけどさ、おれには向かないなって。悠斗はすごいよ。チームでもちゃんと活躍してるんだから」
創紀は悠斗のことを純粋に褒める。そこに何のてらいもない。その言葉を、まっすぐ受け入れられない自分がいる。
なんとなくふさいだ気分で視線を落としていると、急に創紀が水を向けてきた。
「悠星は?高校行ったらやるんだろ?バスケ」
「えっ、いやぁ……」
そんなことは露ほども考えていなかったので、悠星はたじろいだ。その様子を見た創紀は不思議そうに首を傾げる。
「悠星はバスケ部入りたがってたろ」
「うん。でも今さらって感じだし。高校なんてそれこそ経験者だらけだろうし」
「おれなんかより、一度離れた悠星の方がある意味新鮮で楽しめるかもしれないよ。だいたい経験がゼロってわけでもないんだから」
創紀は自分の手元でもてあそんでいたボールを悠星に投げて寄越す。戸惑いながらも受け取ると、創紀は優しく笑った。
「悠星の身体能力は大したものだよ。おれたちと混じって遊べたんだから。活かさなきゃもったいないっておれは思うよ」
久々に手にしたバスケットボール。軽くドリブルしてみる。あの頃の楽しい気持ちが少しだけ戻って来たような気がした。
歩きながら地点を探して、ゴールに向き直る。視点に違和感があるのは悠星の背が伸びたからだろう。それでも。
「ナイスシュート。入ったじゃん」
狙いを定めて投げたボールはちゃんとゴールの網に入った。ようやく悠星は少し笑った。




