19 創紀と新事実
「なんかびっくりしたよ。初めておじいちゃんのこと怖いと思った」
「へぇ」
この日、悠星は創紀の家に来ていた。クーラーのきいた部屋で先日の顛末を語っている。
そろそろ夏休みの宿題をやっていないことがばれて、母の暢子から外出禁止を言い渡されるところだった。暢子はパートに出ているので四六時中悠星を監視することはできないが、祖父の昭善はほとんど本堂にいる。その本堂に籠る羽目になれば、抜け出すことなど容易ではない。特につい先日、俊也との一件で昭善が怒ったときの恐ろしさを身に染みて感じたところだからなおさらだ。そんな恐ろしいことは考えたくない。
それで暢子には「創紀に宿題を教えてもらう」という体裁をとってこちらに来た。本当にやるかは別として、一応鞄に勉強道具一式を詰めてきた。ちなみにまだひとつも開けていない。
「でもそれってそのおじさんが相当悪いことしてたってことだろ?昔のことなんだろうけど、おじいさんもそれがあるから厳しく接してるだけだと思うけどな」
「うーん、それは否定できないかも」
俊也が昔かなりやんちゃをしていたことはなんとなく悠星も聞いている。それで昭善と顔を合わせ辛かったということも。
それにしてもあの日、昭善と俊也が対峙したときの空気はなんとも言えない緊張をはらんでいた。その場にいた悠星を含む全員がすくんでしまうほどに。悠星はこのとき初めて祖父の真の怒気というものを目の当たりにした。ちょっと言動を改める気になった。
「で、その肝心の再開発計画のことだけど、俺の家には来てないみたいだ」
「あれ、そうなの?」
だいぶ話が逸れてしまったが、今日はその話をしに来たのだ。大人たちは大人たちだけで話を進めてしまうので、どうしても悠星は茅の外だった。だから話といっても半分以上そのことへの不満を喋っているだけだ。昨日も携帯で少し話したのだが、その時点で創紀はその計画自体を知らなかった。なんだかあてが外れた気分だったが、もしかしたら創紀が知らないだけということもあるので家の人に確認したようだ。
「悠星が持ってきた地図にもこの辺は入ってないみたいだし。そもそも計画区域外なんだろう」
創紀は悠星の話を真剣に聞いてくれる。だからこそ「ソウ兄」と呼びならすほどに慕っているのだ。
その創紀に言われて、悠星は改めてその地図を見る。今までは自分の家や大場モータースの辺りしか見ていなかったが、確かに「再開発予定地」の枠線は創紀の家周辺の新興住宅地を避けるように引かれている。
「こうして見ると、なんだかいびつだね」
新興住宅地を避けているためか、枠線はかなり蛇行している。まじまじと地図を見つめる悠星に創紀が言った。
「聞いてみたら、どうやらこの辺が開発された時にもそういう計画があったらしいんだ。元々ここを住宅地にするときも、もっと広い範囲が予定されてたらしい。地元の反対が多くて断念したみたいだけど」
「ふぅん?」
「だから今回の計画ではこの辺は除外されてるんだろう。これがそのときにできなかった再開発の続きだっていうなら、話の筋としては通ってる」
なんだか話が妙な方向に進んでいる。ただ不満を漏らしていただけの悠星も創紀の話を受けて考え込む。
「じゃあ、今回は?みんなが賛成したから計画が進んでるってこと?」
「問題はそこだ」
どうやら同じことを考えていたらしい創紀が難しい表情で言う。
「地元の反対を喰って一度頓挫した計画が再び動き出すというのはかなり難しいことのはずだ。どうしてもこれを進めたい人間が、何かしたのかもしれない」
「何かって?」
その言い方はかなり意味深だった。創紀はふいに悠星をまっすぐ見つめた。
「悠星、この計画はどこか変だ。妙に筋が通ってるのもちょっと気になる。放っておいたら取り返しがつかなくなるかもしれない」
その気迫に、悠星は息を呑んだ。




