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18 めぐみとカフェ

「やっぱりなんかおかしいよねぇ」

 もうほぼ氷だけになったカフェラテに突っ込んだストローを弄びながら、めぐみは明後日の方を向いたまま呟く。

 今、香織はめぐみと共に近所のカフェに来ている。住宅街の中にひっそりと建ったそこは以前からめぐみが来たがっていた店だ。夏休みになったらぜひ一緒に行こうと誘われていて、今日満を持してやって来たのだ。

内装は白を基調としたシンプルな感じで、床や天井は木材が使われていて優しい風合いになっている。プロペラのファンが柔らかな風を送ってくれるのも心地いい。

 香織はだいぶ薄まったレモネードをゆっくり飲みながら、めぐみが持ってきた書類に目を落とす。それは先日めぐみの家にやって来たという営業マン風の男が持ってきたものだという。

 香織の家族が引っ越してきたのは、めぐみの家にほど近いアパートだ。家族向けなので部屋は広い。四世帯がひとつの集合住宅になっていて、それがAからCの三棟ある。住んでいるのはほとんどが父の会社関係者の家族で、日本に来て間もない香織たちをなにかとサポートしてくれている。

 あの日、香織が母にこの件を話した後で隣近所の人にいろいろ話を聞いて、状況がなんとなくわかってきた。めぐみの家に来たという営業マンは、香織の住むアパートにも来ていた。香織の家に来なかったのは、今まで空室だったから飛ばされたのではないかということだった。今回のことは同じアパートの住人たちにとっても驚きで、とりあえず様子見をしていたところだったから香織たちにあえて話を振ったりはしなかったそうだ。

「うちのお父さんもお母さんも、そんな話聞いてなかったんだって。それを男の人に言ったら、自分たちは最近事業を引き継いだから以前の会社がどう説明してたかはわかりません、とか言い出して」

 めぐみが氷をつついていたストローが折れてふにゃふにゃになっている。そのストローよろしくめぐみ自身がテーブルの上にふにゃりと上半身を倒す。

「引っ越しなんてやだよぅ。せっかくこうやって香織ちゃんとも仲良くなれたのに。離れ離れになったら淋しいよぅ。このカフェにも来れなくなっちゃうぅ。」

 まるで駄々っ子のように唇を尖らせるので、いつものアニメ声に拍車がかかっている。

 香織はその書類を睨むように見つめたまま黙っている。ちょっと考えをまとめたいのだが、書類の日本語が香織には難しくてなかなかうまくいかない。

「香織ちゃんはどう思う?」

 めぐみに問われて、香織は考えるのを断念した。とっくにカフェオレを飲み終えためぐみが先程から一方的に喋っているのは手持ちぶさただからだ。

「引っ越さなければいいんじゃない。めぐみカフェオレおかわりすれば?」

「へぇっ?あぁ、うん」

 香織の言葉が唐突に聞こえたのか、めぐみは奇妙な声をあげて、それでも店員に声をかけた。それを確認してもう一度黙考に沈む。

 今めぐみに言ったのはとっさに出た言葉だったが、案外それが的を射ているようにも思える。詳しいことはよくわからないが、少なくともめぐみや香織、そしてその家族はこの計画に納得していないし、承認もしていないのだ。ならば言いなりになって出ていく必要もないだろう。向こうが強行手段に出る可能性もあるが、時間は稼げるだろう。その間に何がどうなってこのような話になったのか調べれば何か手が打てるかもしれない。

 二杯目のカフェオレを飲み始めためぐみに、香織は言う。

「めぐみが言う通り、この計画はおかしいんだと思うよ。だったら戦えばいいと思う。私たちの生活を守るために」

 何度か瞬きを繰り返していためぐみは、ストローから口を離すとふにゃりと笑った。

「やっぱ香織ちゃんは頼もしいなぁ」

「いやいや、普通のことを言ってるだけだよ」

 めぐみの反応に戸惑いながら、香織はようやく薄まってしまった自分のレモネードを飲み終えた。今度来るときにはちゃんと味を楽しもうと心に誓った。

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