13 唐突な来訪者
「再開発計画?」
大場モータースの店内で、俊也は片眉を上げてその言葉を呟いた。
数刻前、悠星と二人で店内のバイクを一旦外に出し、中で大人二人が座って話せるスペースを作った。悠星は人使いが荒いだのとぶぅぶぅ言いながらも、普段は絶対に触らせない店のバイクを扱うのはやはり嬉しかったらしく、いい仕事ぶりを見せた。おかげで最近痛めがちな腰にさほどダメージを与えずに作業することができた。ちなみに今は悠星に外に置いたバイクに問題がないよう見張り番をさせている。もちろん俊也もこんな平和な町で白昼堂々盗みを働くような奴がいるとは思っていない。もしそんな危険があるならば、大切な友人の息子である悠星に番などさせない。ただ単にもとに戻すときも悠星に手伝わせるための方便である。
普段、馴染みの客以外の来客などほとんどない店にアポイントをとってまで訪ねて来たのは、スーツをピシッと着こんだ恰幅のいい男だった。電話口で会社名を聞いたときにはよくわからなかったが、土地の売買を仲介する会社の営業マンということだった。それを聞いたところで訪ねて来た目的はよくわからなかったが。
男は名刺を差し出し、斑野 卓史と名乗った。ほとんど地元の人間しか相手にしない俊也は名刺など持ち合わせておらず、口頭で名乗るに留まった。
斑野はにこやかな営業スマイルを張り付けたまま、カウンターいっぱいに書類を拡げながら本題に入った。物腰は柔らかいものの、若干押しの強い口調で、この辺り一帯に今「再開発計画」が持ち上がっていると説明したのだ。それで冒頭の台詞というわけである。
あくまで にこやかを崩さない斑野に対し、俊也は客の前であることも忘れて思いきり眉間に皺を寄せる。それもそうだろう。俊也にとっては初耳もいいところの話である。しかし斑野は相反することを言う。
「このお話自体は二年前から動いていることなんですが、弊社が介在させていただくことになったのは最近のことでして。もちろん再開発というからには基本的に自治体が主導していることではあるんですけど」
暗にこちらも既に承知済みの話であるはずだという含みを持たせるような言い方だ。しかし何と言われようが俊也には寝耳に水である。そんな重要な話がなぜ耳に入って来なかったのか。思い当たる節ならある。
俊也が職場であるここ、大場モータースの上に住んでいることを知っているのは、悠星など一部の人間だけ。常連の客でさえほとんど知らないほどだ。よって町内の回覧板はここには回ってこない。それどころか俊也宛の郵便も届かないものがあるくらいだ。おそらく実家の方には届いているのだろうが、既に高齢者の域にいる両親がわざわざ知らせてくることもない。勝手に家から出ていった身からすれば文句も言えない。
そういった諸々の事情から、俊也がこの計画について全く知らなかったという可能性もある。それにしても客からの噂すら入ってこなかったことには疑問が残るが、当然知っているはずのことだからわざわざ話題にしなかっただけとも考えられる。
今、カウンターの上に拡げられている図を見ると、かなり広い範囲がその計画に組み込まれていることがわかる。そこにはこの大場モータース以外にも、悠星の家である寺まで含まれている。俊也は振り返って外にいる悠星をガラス越しに見る。手持ちぶさたな様子でバイクの周りをうろうろしている悠星。後で一度悠星に問いただしてみなければならない。これが事実なら悠星も知っていてしかるべきだ。
終始難しい顔をしている俊也に埒があかないと思ったのか、斑野が最後に言う。
「まぁ、今日明日でどうこうなるという話ではありませんし、私共も急ぎませんので、ちょっとお時間を空けてまたご説明に伺います。何か疑問な点が出てきましたら弊社までお気軽にお問い合わせ下さい」
「はぁ」
最後までにこやかさを崩さなかった斑野に対し、最後には間抜けな声で返すしかなかった俊也。話の内容はどうあれ、ビジネスマンとしての振る舞いでは相手が一枚も二枚も上手であることだけは間違いなかった。




