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12 いくつかの異変

 悠星たちの暮らす町は、寺の建つ山(というよりも、丘といった方がいいかもしれない)に背を預けるような形で、その裾野に広がっている。悠星の通う中学は町の東側、兄の悠斗や創紀が通う高校は西側にある。創紀の住む一角は田んぼを潰してここ二十年ほどでできた新興住宅地だが、その他の区域は昔から人の住む古い町だ。木造の築百年近い日本家屋があちこちに残っている。中学などは一時廃校の危機に陥ったが、先述の新興住宅地などのおかげで持ち直して今に至る。ちなみに悠星が秘密基地と呼ぶ大場モータースは山からなだらかに続く丘陵地の峠に位置している。そのため学校からの帰りに寄ろうと思うとかなり遠回りをすることになる。今は夏休みに入ったので、峠の近くまで繋がっている林道を通って直接向かう。途中で林が途切れる場所があり、そこから眼下に町を一望することができる。

 ふと、悠星はそこで足を止めた。もうとっくに見飽きているはずのその町並みに、何やら違和感を覚えたからだ。

 向かって左側奥に見えているのが悠星の通う中学の校舎だ。高いビルやマンションはないので、これだけ距離があってもその姿を確認できる。その手前に広がる住宅街のあちらこちらに、見慣れぬ柱のようなものがポツポツと立っている。

「あんなのあったっけ?」

 悠星は首を傾げた。その柱はまるで何かの目印のように、家並みの間から顔をのぞかせている。少なくとも前にここを通った時には見なかった気がする。

 一体いつの間に立てられたのか。そもそもあれは何なのか。

 疑問が渦巻いたが、一旦置いておくことにして再び歩き始める。何事も深く考えるのは苦手だった。

 林道を抜け、いつもの坂道に出る。少し上れば、峠の大場モータースにたどり着く。

「おじさーん、いる?」

 今日は作業場に俊也の姿はなかった。店舗の方もシャッターが降りているから、今日は休みらしい。そんな日は大抵店舗の上にいる。

「おう、悠星じゃねぇか」

 案の定、上から声が降ってきた。店舗正面からでは看板に隠れて見えないが、作業場側から見ると小さな二階部分があるのがわかる。これは俊也が後から増設した居住スペースで、脇に金属の板でできた階段が作り付けられている。家から通うのが面倒になった俊也が、仕事場である店舗に住めば楽だという理由で自分で造ってしまったのだ。その自作感もまた、悠星がここを秘密基地と呼びならす所以だ。

 その作業場側の窓を開けて俊也が顔を見せる。ちょうどいいと思ったのか、煙草に火をつけている。

「どうした。またテストか?」

「いや、もう夏休み入ったから」

「へー。よかったな」

 俊也はさして興味なさそうに応える。いつものことなので悠星は気にせず続ける。

「じゃなくて。バイク乗せてよ。約束したじゃん」

 今日はそのために来たのだ。もちろん悠星が運転するという話ではなく、俊也の後ろに乗せてもらうのだ。以前俊也は時間があるときにどこか連れてってやると言ってくれたのだ。

 しかし当の俊也はニヤニヤした笑みを向けながら言う。

「あれ、真に受けたのか?冗談のつもりだったのになぁ」

「えぇ、嘘でしょ。ひどい」

 本気で楽しみにしていた悠星はショックを受けた。ちょっと泣きそうだ。しかし俊也はそんな様子を見て爆笑している。

「ははは!嘘だよ。連れてってやる。だが今日はだめだ」

 からかわれている。それもまたいつものことなので、馬鹿馬鹿しくなって涙はすぐ引っ込んだ。

「なんだよ、おじさん用事でもあるの?珍しいね」

 仕返しとばかりにちょっと嫌味な言い方をしたが、俊也には全く効いていない。

「ああそうだよ。このあと人に会わなきゃならねぇ」

「え、ここで?」

 この場所に人と会うようなスペースはないように思える。だったら実家の方に帰って会えばいいのではないか。常識の乏しい悠星でもそう思う。しかし俊也はどこ吹く風といった様子だ。

「別にこっちに上げたりしねぇよ。会うのは店舗の方でだ」

 シャッターの降りた下の階をあごで示す。悠星も入ったことがあるが、中はバイクで溢れていてやはりスペースなどなさそうだ。すると俊也はいいことを思いついたというように急に言った。

「そうだ。今から中を片付けるからお前も手伝え」

「えぇっ、なんかおれ都合よく使われてない?」

「うるせぇ。特別に売り物のバイクに触らせてやるんだ。ありがたく思え」

 こんなはずではなかったと萎れる悠星の背を、階段を駆け下りてきた俊也がばしんと叩く。悠星は仕方なく俊也の後に続いた。

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