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引きこもりニートは、異世界に行っても引きこもります。  作者: 飛狼
第一章 引きこもり賢者は今日も引きこもる。
9/9

◇侵入する者たち(1)

「お仕置きをお望みですか?」


「ひゃあぁぁ……」


 ひゅんひゅん音を鳴らして鞭を振りかざす優子が、巧美たくみを追いかけ回していた。

 昼をすぎてもまだ、ベッドでゴロゴロとしている巧美たくみに優子が激怒したのだ。


「ちょうど今起きて、頼まれてた仕事を始めようとしてたとこだから」


 必死に言い訳を繰り返す巧美。

 優子は村人から農機具の改良を頼まれ、それを巧美にお願いしていた。しかも、1週間も前に。

 だから、一向に仕事に取り掛かろうとしない巧美に怒っていたのである。


 パシン――


 容赦なく優子の振るう鞭が、巧美の背中を打つ。


「ひゃっ、いたっ痛ぁい!」


 手加減したといっても、超絶最強の優子が振るった鞭。ゴブリン程度なら一撃で昇天しそうな威力。しかし巧美もまた、この世界の女神から規格外の能力ちからを授けられた超人。僅かに背中に赤くみみず脹れが走る程度でしかない。しかしそれが逆に、ダメージこそないがヒリヒリとして痛いのである。

 ほどよい加減で精神的に痛めつける。優子の鞭捌きは名人芸といっても良いだろう。もっとも、自動人形オートマタの優子は、創造主でもある巧美に過度な攻撃を加えることは出来ないのだが。

 しかし、必死に逃げ回ってるかに見えて、巧美もどこか恍惚とした表情を浮かべ嬉しそうにも見える。

 やはり巧美は、引きこもりで変態なおっさん。

 そしてこれが巧美の日常でもあるのだ。

 だが今日は、いつもと違っていた。


 キンコンカンコーン――


 突然に鐘のが、塔内に鳴り響いた。

 授業の開始と終了を告げる音にも似た、どこか間のびした音。

 学校のチャイムに似た音に設定したのは巧美であったが、これは危険を知らせる警報音でもあるのだ。


「ん、何が?」


 巧美が振り返ると、優子が宙を見つめ動きを止めていた。その表情からは、すっかりと怒りの感情が抜け落ちている。元からそのような感情は、なかったかのように。

 それを見て、巧美は僅かに顔を歪めた。

 優子の感情は、巧美が与えた擬似的なもの。そのことを思いだし、少しだけ物悲しさを覚える巧美だった。


 元々、この塔は自動修復機能や防衛機能など自己管理すら行う古代遺跡だった。しかし、長い歳月の間に動力源である魔力は枯渇こかつし、完全にその機能は停止していた。そこへ膨大な魔力を有する巧美が現れ、主と認めさせる代わりに魔力を渡し復活させたのである。その後は、巧美が改良に継ぐ改良を重ね、人を凌駕りょうがするほどの人工知能を有するまでに至ったのである。

 因みに優子と塔はシンクロし、実際のところ優子を操り動かしているのは、この塔。いわば、優子の本体はこの『賢者の塔』でもあるのだ。優子以外にも多数のゴーレムを操り、塔の機能も維持管理するスーパー人工知能。だが、ただひとつだけ巧美には不満があった。それが、人と同じような感情の欠落。人間に近い意識を持たせるまでは可能にしたのだが、やはり感情面では人のきめ細かい感情には劣ってしまう。それこそが巧美の目下もっかの悩みであり、今後の研究課題でもあったのだ。

 いつかは感情豊かにと願うのである。

 もっとも、その先にある巧美の望みとは、果たせなかった過去の学生生活の再現。そのための、初恋の女性ひとを模した自動人形オートマタであり、学校のチャイムであるのだが。

 長い引きこもりでこじらせた、かなり歪んだ妄想。

 巧美は変態なうえに、気持ち悪いおっさんでもあるのだ。

 そして、その妄想を実現させ得るだけの能力ちからを、女神から授けられてもいた。

 その能力ちからこそが、巧美ただひとりだけが持つことが許された固有のスキル『オールクリエイト』。それに見合った材料とそれなりの知識は必要となるが、想像力(妄想力)の大きさで、あらゆる魔道具を生み出すことが出きるのだ。

 長年の引きこもりで妄想だけは、人一倍パンパンに膨らませてい巧美。

 まさに、巧美のために有るような能力ちからなのである。



「それで、何が起きてるの?」


「はい、どうやら森への侵入者のようです」


 尋ねた巧美に、無表情なまま顔を向け答える優子。

 それにまた顔を曇らせる巧美だったが、すぐに気を取り直し、


「ん、侵入者ねぇ……よし、これより緊急事態の発動とみなす! 直ちに対策室の用意を!」


「はい!」


 優子が、元気よく返事する。といっても、表情は無表情のままだが。

 だが同時に、「ウィーン」と金属音を響かせ四方の壁が左右に開き、なんの用途に使うのかよく分からないメーター式の多数の計器が並ぶ壁へと早変わりした。それ以外にも、床からは各種スイッチやつまみなどが並ぶコンソールパネルがり上がってきた。ご丁寧に、中央には半円のドーム状のレーダーらしきものが、「ピコーン」と鋭い音を鳴らす。そして天井からは、大型のスクリーンが降りてくるのである。

 たちまち巧美の自室が、どこの宇宙戦艦の艦橋、指揮所もくやといった姿に様変わりした。

 これも、巧美が考案して製作した中二病あふれる魔道具なのだ。

 因みに、実際は優子と塔の人工知能が繋がっているため、これほど大掛かりなものは必要ないのだが。

 完全に巧美の趣味の世界である。


「では、【神の目】を機動させろ!」


「分かりました、【神の目】ON!」


 巧美や優子が【神の目】と呼ぶのは、塔の頭上、地上1万メートルで浮遊し森全体を監視する偵察衛星なのである。


「スクリーンに投影します」


 大型スクリーンに、上空から撮られた森全体の姿が映し出された。画面の中央には、塔を真上から撮った姿もしっかりと映し出されている。


「さて、侵入者はどこに……」


「ご主人さま、森の南側の外縁部から侵入したようです」


「では、そこを拡大してくれ」


「はい!」


 返事と共に、画面は森の南へと寄って行きズームされていく。

 と、樹木の葉の間に、歩く人の姿がちらほらと見え隠れした。


「お、いたな。もう少しアップに……あ、そこでストップ!」


 グリグリと動いていた画面が、ちょうど良い感じで止まる。

 そこに映し出されたのは、揃いの革鎧を着込み整然と行軍する人の姿だった。


「あ、これは……」


 巧美は、ゴブリンなどの人の姿に似た魔獣、亜人と呼ばれるものを想像していたのだ。つい先日もゴブリンが近くの村を襲い、塔から狙撃して退治したばかり。だから、てっきりそうだと思っていたのである。


「これは盗賊って……訳ないよな」


 どう見ても、どこかに所属する軍隊にしか見えない。

 また厄介な事になると、頭を抱える巧美であった。


「と、とりあえず、熱感モードに切り替えてくれるかな」


「はい!」


 優子が返事をすると、今度は画面はそのままに、部屋の中央に設置されていた半円のレーダーらしきものに無数の赤い点が現れた。

 それを見た巧美が、驚きの声をあげる。


「うわ、百人以上いるよ……けど、南って、確か村があったよな。優子さん、何か聞いてない?」


 塔から一切出ない巧美は、村との交渉事の全てを優子に任せていた。

 だから尋ねたのだが、


「何も問題はなかったように思いますが」


 と、当の優子は首を傾げる。

 ちょうど一週間前、新たに赴任してきたエグモントと揉めたばかりだというのにだ。

 それもそのはずで、優子にとっては些細なこと、取るに足りない事だとの認識しかなかったからだ。

 賢者の塔の人工知能でもある優子にとって、そもそもが人がいくら群れ集い攻め寄せてこようとも、それを歯牙にもかけないだけの防衛力と戦力を有しているのである。それこそ、ドラゴンが群れをなして襲ってこない限り危険とも考えないのだ。

 元々、それなりに防衛力が高かったところに、巧美が中二病あふれる様々な仕掛けを施していた。

 一国の戦力を相手にしても、いや、それどころか、世界中を相手にしても戦えるのである。そのことに巧美自身は気付いていないのだが……そこに、巧美と優子との間に認識のズレがあった。


「うぅん、そうなの?」


「はい!」


 力強く返事する優子に、今度は巧美が首を傾げる。


「……どうしようかな」 


 この世界に来てからも、すでに十五年は引きこもっている巧美である。

 今さらこの世界の住人と顔を合わせる気にもなれない。


「今回は、このままお引き取りねがおう」


「では、四天王を出動させますが、よろしいですね」


「あぁ、できるだけ穏便に怪我はさせないように」


 こうして、巧美は優子に防衛の許可を出したのである。

 しかし、四天王とは塔の防衛部隊。

 巧美は優しく話し合いでお帰りねがおうと考えていたのだが、優子にとっては巧美と塔の安全が最優先。圧倒的な力を見せつけ、強引に排除することも視野に入れての返事だった。


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