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引きこもりニートは、異世界に行っても引きこもります。  作者: 飛狼
第一章 引きこもり賢者は今日も引きこもる。
8/9

◇継続する悪意

「おのれぇ……みておれ、あの馬鹿者ども!」


 エグモントは顔を真っ赤に、口元にある豊かなカイゼル髭を震わせ悪態を吐き続ける。


「えぇい、もっと早く走らんか、この駄馬め!」


 アルト村からほど近い場所にある辺境都市バルマへと馬を走らせていたが、途中で握り締める剣の柄を見つめ顔を歪めた。


 ――どうしたものか?


 その剣は、王権の代行者たる証。

 どのような手段を使ったのか分からないが、剣を折られたのは事実。下手をしたら自分の首が飛ぶ。

 ひやりと首筋に寒気が走り、思わず手をやり撫で擦るエグモント。


 ――まずは、この剣をどうにかしなければ。


 村人たちや塔の住人と思われる女も腹立たしいが、先にこの剣を人知れず直さねばと考える。

 しかし、まともな鍛冶屋に持っていけば、すぐに噂は広まってしまうだろう。だが、エグモントも赴任してまだ間もない。当然、そのようないかがわしい鍛冶屋も、この地方の裏の世界にも伝手などあるはずもない。それが、エグモントには悩ましかったのだ。


 ――いっそのこと、王都にまで戻るか。


 王都であれば、それなりに伝手もあるエグモント。

 しかしそれには、この地を離れるもっともな理由がいる。

 それをどのような話にしようかと考えながら、ふと顔をあげた。

 微かな地響きを感じたからである。前方を眺めると、土煙が立ち昇っているのが見えたのだ。


「あれは……」


 ここは、アルト村と辺境都市バルマを結ぶ街道の真ん中。それ以外にあるのは、辺境を警備する守備隊が常駐する砦があるぐらい。

 そのことを思いだし、エグモントは嫌な予感に包まれる。

 しばらくして、その予感が当たったと知り表情を強張らせた。

 

 土煙の向こうから現れたのは、予想通り守備隊の兵士たちだったのだ。

 揃いの革鎧を身にまとい、騎乗した兵士たちがエグモントに駆け寄って来る。

 その中に見知った顔を発見して、更に緊張の度合いが増すエグモント。慌てて、手に持つ剣の柄を懐へと隠した。

 徴税官に王権が与えられているといっても、それはあくまでも税に関するもののみである。内務局に所属する役人でしかなく、当然、兵権なども与えられていない。要請すれば、兵士が派遣されることもあるが、いまのエグモントにそんな積もりもあるがずない。


「これはこれは、誰かと思えば、エグモント殿ではないですか」


 兵士達の中で、ひとりだけ金属製の鎧を身に付ける男が進み出てきた。

 茶色い髪を短く刈り込み、四角い顔は陽に焼け赤銅色に染まっている。いかにも軍人らしい風貌のこの男は、砦を預かる守備隊の隊長だったのである。数日前、エグモントは着任の挨拶に赴き顔を合わせたばかりであったのだ。


「おお、ゴロワーズ殿でしたか。自ら巡回にでるとは、何かありましたかな」


 その顔に、満面の笑顔を張り付かせるエグモント。だが、その背中はじっとりと汗ばみ、緊張のあまり震え出しそうになる体を、必死に押さえつけていた。


「いやいや、ただの気紛れ。たまには運動せねば、体がなまってしまいますからなぁ」


 対するゴロワーズも、白い歯を覗かせ表情を綻ばせる。が、その瞳の奥は笑ってなどいなかった。

 エグモントの挙動不審な様子に疑念を覚えていたのだ。今もたいして熱くもないのに、エグモントの額には玉のような汗が浮かび上がり、頬を伝って顎先からポタリと落ちていく。

 明らかにおかしな態度。ますます疑念を募らせるゴロワーズ。

 と、そこで気付いたのだ。そこにあるはずの剣がないことに。腰に鞘はあるものの、そこに収まるはずの剣の本体がない。

 ゴロワーズはにやりと笑い口を開く。


「ほほう……ところでエグモント殿、王より授けられた大事な剣はどこにやられたのか?」


 びくりと心臓が跳ね上がり、飛び上がるほど驚くエグモント。

 緊張は最高潮に達し、話す言葉はしどろもどろに、そわそわとせわしなく体を動かす。


「いや、その……どこへやったかな」


 焦った様子で探し回るエグモントだったが、ゴロワーズは「これは大変」と笑い出す。そのうえ……。


「おい、探すのを手伝ってやれ」


 と、周りの兵士達に命じたのだ。


「そ、それには及びません」


 慌てて断ろうとするエグモントだが、兵士たちは構わず馬から引きずり降ろした。

 そして――


「隊長、このようなものが」


 兵士がゴロワーズに差し出したのは、折られた剣の柄の部分。そこには、しっかりと王家の紋章が刻まれていた。


「ふむ、やはり……エグモント殿、どのように言い訳される積もりですかな」


 すっかりと観念したのか、兵士たちに両肩を押さえ付けられ、がっくりと項垂うなだれるエグモントだった。


「あの女が……」


「女?」


「全てはあの女が、塔に住んでいるあの女が悪いのだ!」


「塔というのは、あれの事か」


 ゴロワーズが指差すのは、北の森にそびえる塔。


「そうだ、全ては――」


 そこから先の言葉は、もはや聞いてなどいなかった。

 ゴロワーズもまた、一年前にこの地に左遷され着任した男。この一年、塔のことは気にはなっていたのだ。しかし、前任者も村の者たちからも、あれは廃墟となった塔だと聞いていたのである。それに塔の周辺には危険な魔獣も棲息すると言われ、気にはしつつも近付こうとはしなかったのだ。

 だが……。


「ほう、あの塔には住人がいたのか」


 ゴロワーズもまた、エグモントと同じ穴のむじな。あの塔には何かがあると、ギラリと瞳を光らせた。もっともこちらは、金銭欲ではなく出世欲なのであるが。

 なんらかの手柄をたて、中央に返り咲く好機だと睨んだのである。


「エグモント殿、詳しく話を聞かせてもらいましょうか」


 にこやかに笑うゴロワーズだが、その瞳は獲物を狙う狩人の如き輝きを放っていた。 





 その頃、村でひと騒ぎあった時間、何も知らず巧美はすやすやと就寝中だった。

 この15年間の変わらない日常。一日の大半の時間は、ごろごろと横になったまま過し、たまに思いついたように魔道具の製作にいそしむ。絵に描いたような自堕落な生活。それこそが、引きこもりの巧美にとっては至福の時間そのものなのだ。

 だが、転移後15年目にして、初めてその平穏な日常が切り裂かれようとしていのである。

 それは世界を巻き込む大騒動への転機となるのだが、未だ巧美は知らずに引きこもるのだ。


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