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引きこもりニートは、異世界に行っても引きこもります。  作者: 飛狼
第一章 引きこもり賢者は今日も引きこもる。
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◇巧美の過去 その3

 まばゆい光が納まると、巧美は見知らぬ場所にいた。

 そこは、教会らしき礼拝所。十人程度は座れる長椅子が、左右に十列づつ並んでいる。正面には祭壇と、背中から羽を生やし、今にも飛び立ちそうな女神の石像が鎮座していた。しかも、窓からは燦々と陽の光が差し込み、室内を明るく照らしていた。


「お、おかしいだろ。さっきまで夜だったのに……」


 焦りと共に、巧美の口から呟きが覚えず漏れ出る。

 それも当然、さっきまで夜も遅い時間の、しかも神社の境内にいたのだから。今いる場所は、それと時間も場所も正反対。

 何が起きたか分からず、巧美が辺りをキョロキョロと見渡していると。


「あのう……お祈りにいらした方でしょうか?」


 巧美が振り返ると、そこにいたのはくるぶし丈のゆったりとしたローブを身に纏う女性。ローブの色は純白。それ以外にも、頭からすっぽりと裾の広い頭巾をかぶっている。いわゆる、シスターなどが着る修道服なのである。

 まだあどけなさの残るそのシスターが、表情を緩めて小首を傾げた。


 しかし巧美はここでも、コミュニケーション能力の無さを曝け出す。

 本来は、分かるはずもない日本語ではない言葉が理解できる事を、不思議に思う余裕もなく。 


「あばばばばばば……」


 またしても、おろおろと言葉にならない声を発するのみであった。


「どこか、具合がお悪いのでしょうか?」


 笑顔を浮かべて巧美に近寄るシスターだったが、傍らまで来ると眉根を寄せて僅かに表情を曇らせた。

 何故なら、巧美の周囲に漂うアンモニア臭が、ツンと鼻を刺激したからだ。よく見ると、巧美のズボンはべっとりと濡れている。それに気づいたシスターが、何の匂いか察して更に顔を歪ませた。

 対する巧美は、元々が激しい人見知りに極度のあがり症。それが、15年も引きこもっている間に極端に悪化している。女神の時と同様に、まともに会話などできるはずもない。

 

 近寄るシスターに驚く巧美。慌てたはずみに足が絡まり、大きくバランス崩した。

 前へと突き出され伸ばされる両腕――それは、15年前の悪夢の再現。巧美が引きこもる切っ掛けとなった卒業式の出来事の再現だった。

 伸ばした指先が、シスターの修道服に引っかかり、ズルリと――


「いやあぁぁぁ!」


 礼拝所内に響き渡る絶叫。

 ゆったりとしたローブを着ていたのもいけなかった。

 シスターは下着一枚のあられもない姿に……。

 巧美もどうしてよいか分からず、その場であたふたと慌てふためくだけである。

 そこへ叫び声を聞きつけ、奥から他のシスターたちが、それ以外にも教会に訪れていた大勢の人たちが、駆けつけ集まってくる。 

 礼拝所内にいるのは、全裸に近い下着姿のシスターが蹲り、その前には失禁してズボンを濡らした男が慌てた様子で立っているのだ。どこからどう見ても、変態男がシスターを襲っているとしか見えない。また悪いことに下着に剥かれたシスターは、この教会でも一番年若い見習いシスターで、訪れる人たちのアイドル的存在でもあった。

 当然――


「そこのお前! 何をしている!」

 

 男たちの怒号が飛び交う。

 巧美も言い訳しようとするが、「あうあう」と声にならない。激昂して迫る人々に、上手く交渉する能力などもあるわけもない。巧美に残された道は、もう逃げるしかなかったのである。


「ゆるじでぐだざ~い!」


 訳の分からない場所に放り出され、巧美としてはもう泣きたい気分――いや、実際には泣いていた。

 泣き喚きながら、脱兎の如く逃げ出す巧美であった。


「待て、この野郎!」


 鬼の形相で、それを追いかける男たち。

 そこで妙なことが起きる。

 周囲から捕まえようと迫る男たちの腕を、ふわりふわりと難なく躱す巧美。そのまま、教会の玄関から飛び出すと、ドンっと足の裏で地を削り、猛スピードで街の大通りを駆け抜ける。そればかりか、巧美の泣き叫ぶ声は超音波となり、大通り沿いに建ち並ぶ家屋の壁にピシリとひびを入れていくのだ。その挙句、街を囲む高さ十メートルを越える外壁を、軽々と飛び越え街から脱出したのである。

 まさに超人。これこそが、女神が授けた常人を遥に凌駕した能力だったのだ。

 だが、巧美はそのことすら気付かず、人の数倍の脚力で走りつづける。その速度たるや、常人が数日かかる距離を僅か1時間で走り抜けるほどであった。

 いつしか巧美は森の中を走っていた。

 そこは周辺に住む人たちから、『魔の森』と呼ばれる凶悪な魔獣が蔓延る森。

 それでも――


「うわあぁぁぁ!」


 泣き喚きながら、構わず走り続ける。尽きることのない無尽蔵の体力が、巧美にはまだ10分ほどしか走っていないかと錯覚させるのである。

 近くにいた魔獣は超音波と化した泣き声に粉砕され、凶悪な魔獣も近付く強力な力の波動に恐れをなして逃げ出していく。

 しばらくして、巧美がようやく落ち着き立ち止まった時、目の前にあったのが、天高く聳える塔――それこそが、後に『賢者の塔』と呼ばれる塔だったのだ。

 それ以来15年、「外はもう嫌だ」と拗らせた巧美が、またしても引きこもるのである。

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