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引きこもりニートは、異世界に行っても引きこもります。  作者: 飛狼
第一章 引きこもり賢者は今日も引きこもる。
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◇巧美の過去 その1

 あの中学の卒業式以来、ひたすら引きこもっていた巧美。転機が訪れたのは、卒業式から15年後のことだった。

 巧美は早くに父を亡くし、母と2つ歳上の姉との3人暮らし。が、姉は5年前に結婚を機に家を出、残されていた母も昨年に他界した。ある日、発作を起こしてあっけなく、この世を去ったのだ。それまでずっと、母と姉の二人には「早く定職について、しっかりとした生活をしなさい」と散々に言われていた。巧美にも、それは分かってはいたのだ。このままでは駄目だと。いつかは外に、社会に出て独り立ちして、暮らさなければいけないことは。でも、駄目だった。明日から、来週から、来月から生まれ変わろうと、常に先送りしてダラダラと過ごしてしまうのである。

 母親が亡くなった時には、姉に「あんたが、いつまでもふらふらしているから、母さんも」と涙ながらに激怒された。さすがにその時は、巧美もショックを受け、明日からは生まれ変わった気持ちでしっかり生きようと誓った。

 だが……それでも駄目だった。

 母親の葬儀の当日、巧美は玄関から外へ、一歩も出ることができなかったのだ。

 既に10年以上に及ぶ引きこもりで、外の世界はテレビやパソコンの画面の中では知っていたが、現実では未知の世界。恐怖で心は押し潰され、全身が震えて動けなくなってしまったのである。

 姉からは、「あんたなんか、もう知らない」と半ば絶縁宣言され、親類縁者からも呆れられてしまった。


 実際のところ、引きこもりとは精神疾患の一種であり、家族や周囲の人は「気の持ちようだ」と言って、早期の対応を怠ったために悪化する場合が多い。それに、何も10代の少年にばかり起こる訳でなく、成人男性でも半年以上誰とも会話することなく社会的引きこもりに陥ると、精神的引きこもりに移行するケースも数多く存在するのである。

 巧美の場合も、10代の時に発症した回避性人格障害型の内向性引きこもりが、10年以上も続き、かなり悪化していたのだ。 


 その母親の葬儀から1年。巧美は、ぼんやりと窓から外を眺めていた。時刻は既に、夜の9時を回っている。近所には恵比寿神社の分社があって、今日はお祭りらしく夕刻から大騒ぎをしていた。それが、参拝していた人たちが帰り始め、ようやく静まりかける時間帯。

 明日は母親の命日。一周忌となる日でもある。道沿いにぶら下がる提灯の明かりを見詰め、巧美は数日前のことを思い出す。


 先日、家にやってきた姉が、「一周忌には必ず出席するように」と厳命した。その際、現在巧美が住んでいる家についても触れたのである。

 元々、この家は巧美たち家族の持ち家だったが、その名義自体は母親になっていた。巧美は知らなかったのだが、相続する時にかかる税金を姉が支払っていたのである。本来は姉と巧美の二人が相続するもの。当然、巧美にも支払う義務がある。だが、引きこもりの巧美にはそんなお金があるわけもなく、全て姉が肩代わりしていたのだ。今の巧美の生活費も、姉と分けるべきはずの母親が残していた僅かな貯金を切り崩して使っているのである。

 さすがに、姉もいい加減腹にすえかねたのか、この日は巧美にあることを言い渡した。

「あんたもいい加減自立しないと駄目でしょう。この家も、一周忌を過ぎたら売ることにしたから。半分はあんたのものなのだから、そのお金を切っ掛けにして自立しなさい」と。

 巧美は、それを呆然として聞いていた。その一周忌が明日なのである。


「ふぅ……」

 

 と、ため息を吐き出し、巧美は今後について考える。


 ――自立かぁ……俺もそろそろ。


 相変わらず、明日から来週からと先延ばしにしていた巧美も、ようやく一周忌を明日に控えて動こうと決意した。

 先ずは……外出からと。


 とはいっても、15年も引きこもっていた巧美。自分の食べ物でさえ、姉の持ってくる物や配達に頼っていたのである。玄関で靴を履くまでは良かったが、そこから先はオロオロとするばかりで、恐怖に体が竦み扉を開けることすらできない。しかし、この時ばかりは巧美も、いつものように先延ばしせず、じっと我慢して恐怖が通り過ぎるのを待ったのだ。

 結局、扉を開けるまでに要した時間は1時間。ようやく外に踏み出した時には、祭りの賑わいも嘘のように静かなものに変わっていた。

 15年振りの外の空気。思い切って深呼吸を繰り返す。

 もっと感動するかと思っていた巧美は、意外と感慨深いものは訪れず拍子抜けする思いを味あう。だからだろうか、外に出た事だけで今日は満足するつもりだったのに、神社まで行ってみようかと気紛れを起こしたのである。

 それは、既に夜も遅くなり、辺りには人の姿も見えなくなっていたからだ。これなら他人と会話する必要もないと、そろりそろりと歩き出す。連なる提灯の明かりの下、神社の境内へと入ると、巧美の想像していた通りに人影もすでにない。

 これならと安心して足を進め、参拝所の前までやってきた。

 巧美も小学生の頃は、この境内でよく遊んでいたものである。その頃を思いだし呟く。


「あの頃は、優子ちゃんとよくここで遊んでたよなぁ……」


 優子ちゃんとは、近所に住んでいた幼馴染。まだ小学生の時はよく一緒に遊んでいたが、中学に入学する頃には、すっかり大人っぽくなり学校でも評判の美人だと噂になるほどだった。その頃には、巧美にとっては縁遠い存在になっていたのだが……。

 それが、幼馴染の黒田優子。巧美の初恋の人でもあった。


 昔のことを思いだし、自分がなんて馬鹿げた無駄な時間を過ごしていたのかを考える巧美。

 しばらくして、またため息を吐き出し、参拝所に向き直る。賽銭箱に小銭を放り込み手を合わせた。


 ――俺が馬鹿でした。これからは真面目にしますので、もう一度やり直す機会を……。


 そこまで願った時だった。

 周囲がまばゆい光に包まれる。


『その願い聞き届けよう……』      


 どこからか、厳かな女性の声が聞こえたのである。

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