◇村での争い
優子は巧美の身辺を警護するために創り出された、戦闘メイドでもあるのだ。
誰が見ても人の姿に見えるが、その実、自動人形なのである。
その基本と成る骨格は、伝説の合金オリハルコン。筋肉繊維の代わりとなるのは、魔力の伝導率がもっとも良いといわれるミスリル金属を、細長く伸ばし束ねたもの。それ以外の体組織も、アダマンタイトやヒヒイロカネ等など伝説といわれる金属がふんだんに使われていた。その上、全身を覆う体皮は、物理耐久力にも優れ魔法耐性にも無類の強さを誇る、龍の皮膚を加工して使われているのである。
そして、もっとも驚くのが、その動力源。
現在、巧美が住み暮らす塔は、遥か太古に存在していた古代魔導王国の遺跡。その最深部で鎮座していたのが、守護機兵の巨大なゴーレム神兵。その動力源もまた、直径2メートルを越える巨大な魔核であった。それを、拳大の限界まで超圧縮して心臓の代わりと成し、自動人形の優子に埋め込まれているのである。そのパワーたるやドラゴンすら凌ぎ、計り知れないものとなっていた。
まさに、超絶最強最恐の戦闘メイド。
巧美が異世界に飛ばされて15年。数々の魔道具を生み出した中でも、もっとも優れた最高傑作なのであったのだ。
当然、そんな戦闘メイドが扱う鞭も、平凡なものであるはずもない。中二病の巧美が、『漆黒の死神』と名付けた鞭は、ドラゴンやマンティコアなど、数種の魔獣のヒゲを螺旋状に縒って作られた鞭。優子の全力パワーにも十分に耐えられる鞭であり、いかなる物をも切り裂く最強の武器と化していた。
再び、優子の口元が、たおやかに動き言葉を発する。
「お仕置きをお望みですか?」
しかし、それは更に温度を下げた冷たい口調。周囲の全てを凍り付かせる、冷気すら放っている。
それこそが、優子が戦闘モードへと切り替わった証拠。
どうして良いか分からず、おろおろとする村人たち。
その中で、エグモントが激昂して声を荒げた。
「女ぁ、誰にものを言っておるのか分かっておるのか! わしはこの地域、この辺りの村々を任される徴税官である!」
怒鳴り声と共に、エグモントが一歩踏み出した。
その足元の地面が……。
パシン――
風切り音と同時に、抉れ弾ける。
それは優子の警告。巧美に、人と敵対するときは、いきなり襲い掛からず、必ず最初に警告するように教えられていたからだ。
常人が扱っても、鞭の速度は人の目には感知できないと言う。それを優子が扱うのだ、誰の目にも何が起きたか分からなかっただろう。まるで、透明な何者かが、人知れず地面を掘り返したようにも見える。
それでも、優子にとっては全力からほど遠い、約3割の力しか使っていないのだが。因みに、優子が全力で『漆黒の死神』を振るうと、その速度は音速を軽く越え衝撃波すら伴うのだ。
しかし、地面が弾けた時に、その煽りで飛び散った小石が、微かにエグモントの頬を傷付けた。
ツゥと流れる血を、指先で確かめたエグモントが更に激昂する。
「女ぁ、歯向かうつもりか!」
確かに、エグモントにも何が起きたのかは分からなかった。だが、ここは魔法が存在する世界。この時も、エグモントは自分が感知できない何かを、目の前の女が行ったと考えたのである。
体を覆うマントを撥ね上げ、腰に吊るした剣の柄に手をかけるエグモント。
「わしに逆らうは、国に逆らうのと同義。これを見よ!」
エグモントが持つ剣は、王家より授けられた徴税官の証。
怒鳴り声と同時に、その剣を引き抜こうとしたのだが……。
再び鳴り響く風切り音。だが今度は、同時に乾いた金属音も鳴り響く。
キンッ――
それは、半ばまで引き抜かれた剣が、柄の根元で折れる音。
折れた刀身は鞘の中へと戻り、残った柄を持ちエグモントは呆然とする。
徴税官が授けられた剣は、王の権威と同義。その剣を叩き折ることは、すなわち王への反逆と見なされる。
だが、それは同時に、当事者たる徴税官の失態にもつながる。
「……お、お前は……な、なにをやったか分かっておるのか」
わなわなと震えるエグモント。今後、己れに降りかかる罰を恐れ慄いていたのである。
そにに対して優子は、
「まだ、お仕置きをお望みですか?」
あくまで冷静に、冷たい口調で尋ねるのである。自動人形なのだから当然なのだが。
そこで、呆然と見守っていた村人たちが、ハッと我に返り、慌てたように両者の間に割って入った。
「ユウコさま、お止め下さい」
群がる村人たちが、頭を下げて必死に優子を止めようとする。
そこでようやく、優子の戦闘モードも通常モードへと切り替わった。
優子の人工頭脳が冷静に計算したのだ。もし、村人たちを傷つければ、今後の主人の食料事情に大きく影響するだろうと。
だから、これ以上の戦闘は余計なものと判断したのである。
しかし、その騒ぎの中、エグモントは馬に飛び乗り、
「お前たち、覚えておけ! これは王への反逆!」
叫び声を響かせ、走り去っていく。
優子の周りに集っていた村人たちが青くなり、戸惑いと恐怖が入り混じった表情を浮かべていた。
「皆さん、大丈夫ですよ。ご主人さまが、きっと何とかしてくれますから」
その中で、優子が満面の笑みでにっこりと微笑むのであった。
その頃、そんなことが起きているとは露とも知らず、当事者の巧美は塔の自室で、いまだ夢の中。
おっさんの寝姿ほど見苦しいものはない。
毛布は捲り上がり、えびのように折れ曲がり寝間着のズボンからは、半分尻をだす。それをポリポリと右手で掻いていた。なんとも、中年のおっさんのだらしない寝相。
何が楽しいのか、その表情は緩み口元からは、だらりと涎が垂れ下がる。
巧美が見ている夢。それは15年前、この異世界へと飛ばされる事となった出来事……。