◇村に持ち込まれた悪意
アルト村は、地下深く掘り下げられた井戸を中心にして、放射状に作られた村。井戸の周りは、ちょっとした広場になっており、日中は奥さん連中の洗濯場兼井戸端会議の場に成っている。この日も、数人の女性が集い、噂話に花を咲かせていた。
そこに、 エグモントが馬上のまま乗り入れ、驚く女たちにも構わず尊大な態度で声を掛けた。
「おい、そこの女、村長を今すぐ呼べ!」
女たちは、突如現れた見知らぬ男に、怪訝な面持ちで顔を見合わせていた。
「早くせんか、くず共!」
エグモントが恫喝じみた声を発すると、ようやく女性たちも動き出す。
おろおろと走り出した女性のひとりが、ふと、途中で足を止めた。そこで、男が何者がを聞いていなかったのを思い出したのだ。
「えぇと……旦那さまは、どちらのお方で?」
「見て分からんのか。新しく赴任した徴税官に決まっているであろう、急げ!」
その言葉に、慌てて村長宅へと駆け出す女性たち。もし、この男にへそを曲げられると、どのような無理難題を持ちかけられか、分かったものではないからだ。
しばらくして、女性たちに引っ張られて、村長が足早に現れた。それ以外にも、村にいた人々が噂を聞きつけ集まってくる。
その様子を見て、 エグモントもようやく馬から降りた。
「わたくしが、このアルト村の長を務めております、ガントと申しますです」
ガントと名乗った村長は、少し小太りの男。腰を低くお辞儀し、緊張しているのか上擦った声で応じると、上目遣いにエグモントを窺う。
エグモントは値踏みするかのように、そんな村長をじろりと眺め、その後ろにいる村民たちを見渡す。
村長の体形やこざっぱりこざっぱりとした村民の様子に、もう少し絞れ取れそうだなと、にやりと笑う。
「ふむ、お前が村長か。わしは新たに赴任した徴税官のエグモントである」
「へぇ、それはご苦労さまですだ」
「うむ……さて、それでは村長に問おう。昨年までの税率は、いかほどであったかな?」
「へぇ、王国の定法、四公六民でごぜえますだ」
定法の四公六民とは、国の定める税率で、年収の四割を国に納め、残りの六割が民の収入となるのである。
だが、それは建前。国としても、富んだ農村からは四割以上の税収を取りたい。だから、四公六民とは最低のラインであり、ある程度は徴税官の裁量に任され、それが徴税官の成績にもなるのである。
前任の徴税官は、元が農村の出であり、苦労して役人へと出世した者。だから、どちらかといえば、農民側に立ち最低のラインを維持していたのであった。だが、エグモントは元が王都に住まう貧乏貴族の三男。中央の役人に抜擢されたものの、左遷の憂き目にあいこの地に赴任した徴税官であった。おのずと、前任者とは考え方も村への接し方も違う。エグモントは貴族らしく、民からは絞れるだけ搾り取れといった考えなのである。
「ふむ、見たところ、この村はかなり裕福なようだな」
「い、いえ、とんでもねぇだ。おらたちは、食べてくのにも一杯で――」
「黙れ! そのように醜くぶくぶくと太りおって、どの口がそのような口をきく!」
エグモントが大きな声で恫喝すると、たちまち村長や村民は下を向き萎縮する。
「よく聞け! わしは前任者のように甘くはない。本年度から六公四民とする」
「そ、そんな、無茶でごぜえますだ」
「えぇい、うるさい! もう決めたことだ!」
エグモントには思惑があった。
中央には五公五民で報告して、差額は自分の懐に入れようというのである。
地方の田舎に飛ばされたのだ、これぐらいの役得がなければやってられないと、ひとり心中でほくそ笑む。
と、その時、エグモントの目の端に、村の北に広がる森にそびえる塔が映った。
――そうだ、あれもあったな
と、またにやりと笑う。
「ところで、あれはなんだ。あのような塔のことは聞いておらんぞ」
「あ、あれは……そ、そのう」
今までにないほど、税率を変えた時以上に狼狽える村長と村民たち。
その様子に、やはり金になると、エグモントの瞳がギラリと輝いた。
「何を隠しておる、お前たちは」
「いえ……何も……」
「では、誰があの塔に住んでおるのだ」
「……」
「黙っておっては分からんではないか……ふむ、では場合によっては、お前たちの税率を考え直しても良いのだぞ」
エグモントの言葉に、村長や村民たちが顔を見合わせるが、すぐに皆がぶるぶると首を振った。
「えぇい、さっさと白状せんか! あの塔に誰か住んでおるなら、その者からも税を接収せねばならぬ、分かっておるのかぁ!」
怒鳴り声が辺りに響き、村民たちがその身を竦ませた時、エグモントの背後から華やいだ声が掛けられた。
「ご主人さまに、何かご用なのでしょうか?」
村民たちが、その声に反応する。ばつが悪そうな表情を一様に浮かべていた。
それは、また間の悪いことにといった態度が有り有りと分かるほどに。
そして、村長の口から呟きのような声がもれる。
「ユ、ユウコさま、なぜここに……」
そう、そこにいたのは、巧美が製作した自動人形の優子であった。
主人である巧美に、見せたこともないような満面の笑顔に、華やいだ声で言葉を紡ぐ。
誰が見ても、自動人形とは思えない、絶世の美少女である。
「いつものように、食べ物をわけてもらおうかと」
村長の囁きを聞き取った優子が、にこやかに答えた。
そうなのである。優子は己れの主人である巧美の食料を得るため、月に何度か村へと訪れていたのであった。その際、巧美製作の農具や薬品類を携えて来る。要は、物々交換を行っていたのであった。そのお陰で、村は疫病に怯える事もなく、作物の出来も不作になることもなかった。だから、村人たちは巧美のことを賢者さまと敬い崇めていたのだ。もっとも、塔に引きこもる巧美は、その事を知らなかったが。
優子と村人がやりとりする間、エグモントは突然現れた美女を、呆けた様子で眺めていた。しかし、優子がにっこりと微笑み、エグモントへ視線を向けると、ハッと我に返った。そして、村人の様子や優子の態度に、件の塔の住人の関係者ではと察する。
「ほう、そなたの主人が、あの塔の住人ですかな」
王都でも見かけた事もないような美女の登場に、エグモントの口調は今までとは打って変わって、優しげなものへと変わった。
だが、その胸の内は真っ黒。これほどの美女を側に侍らしているのだ、その主人はよほどの裕福と睨み、内心では小躍りしたいほど喜んでいた。それに、目の前に現れた美女にも好色な視線を送る。この美女も我が物とできぬかと。
しかし、それがエグモントの運命を決めた。
優子は元々、巧美の護衛ために造られた自動人形。エグモントの欲に塗れた悪意に、敏感に反応したのだ。
「お仕置きを、お望みですか?」
優子の表情が、先ほどまでのにこやかなものから一転、氷のような冷たい表情へと変わっていた。
そして、その手には、どこから取り出したのか、真っ黒な鞭が握られているのであった。