第一章 1話『ギルド内にて』
バン、と勢い良く本を閉じた。
既に腸が煮え繰り返って、頭には血が上り、額には幾つもの血管が浮き上がっている。
余りの怒りにギルドにいる他の冒険者は完全に引いており、俺を中心とした半径3メートル程の円が出来上がっていた。
ああ、どうしてこうなってしまったのだろう……
ー遡ること20分前ー
他のメンバーが準備中で、暇を持て余していた俺は、椅子に座って足を組みながら二人を待っていた。
すると近くの机には、ある一冊の本が。
表紙の綺麗さから察するに新書のようで、厚さは6センチちょっとくらいと本にしては結構分厚い。サイズも通常の本の二倍ほどの大きさがあった。そして本の上からは多くの付箋が飛び出している。
本のタイトルは『冒険者のための職業大事典』。さしずめ、勉強熱心の冒険者がギルドに忘れていってしまったのだろう。
暇だし、手にとって最初から読んでみることにした。暇だし。
特に転職しようとは思っていなかったが他の職業には興味があった。
学院時代にも何度か様々なジョブと組手を行っていて、ある程度は知っているつもりであったが、情報があることに越したことはない。
冒険者足るもの、いつどこで教われても文句は言えない。実際、学院の組み手も吹っ掛けられたのが九割だったし。
読み進めていくと、タイトル通り非常に分かりやすい説明が書いてあった。
戦士ひとつについても、覚えておきたい固有特殊能力をこの先取るであろう職業別に何と5ページに渡って分かりやすく書かれていた。
そしてふと、どうせなら自分の職業も見ておこうと目次から探し、ページを開いたのだ。
もしかしたら赤魔道士の可能性が広がる何らかの情報、或いはおすすめの魔法が載っているのではないかと信じて。
戦士でもこんなに分かりやすく書いてあるのだし、赤魔道士もそれほどのクオリティだろうと思い。
それが一番の間違いだったと気づくのに、そんなに時間は掛からなかった。
ーーーーーーー
これを書いたのは威力でしか能力を測れない脳筋ではないだろうかと言うのが、これを書いたやつに対する総評である。
目次を見た段階で紹介ページが一ページだけだったことから嫌な予感はしていた。
そもそも44ページって不吉すぎるだろふざけんな。
まず、魔法の評価が低すぎる。
直径30センチほどのファイヤーボールwってこいつは位階4以上の攻撃魔法しかみたことないような表記をしている。
確かに位階4の攻撃魔法といえば一撃で体長3メートルほどの魔物を焼き尽くすほどの威力があるし、位階5にもなると一発で城一つ吹き飛ばせるらしい。見たことはないが。
かといっても痛いよ?ファイヤーボール当たったら。鎧とか貫通して普通に火傷するレベルだよ?逆に俺としてはそんなにオーバーキルする意味が分からないし。
あと能力強化と能力弱体化についての記述が適当すぎる。
単体(笑)って本当にこいつが能力操作を使ったことがあるのか疑いたくなる。
というか全員に能力操作使えばいいだけの話だろ。めんどくさいけども。
そもそも単体の能力強化は……
「アカリ君ー、待たせてすみませんって何でそんなに怒っているのですか?」
メンバーの内の一人がやって来た。
上は黒い長袖のインナーの上に青い服を着ていて、手には黒い手袋。内側が赤、外側は青のマントを羽織っている。
下も青い膝上のスカートに黒いタイツをはいて、黒いブーツを履いていた。
頭には青いベレー帽を被っている。
顔は透き通った肌、二重瞼にスッとした鼻筋、柔らかい色の唇ととても整っていて、スラッとした長い艶のある黒髪と合わせて、聡明な美人、という印象を強く受ける。
身長は170ちょっとの俺よりも少し高いくらい。
ついでに言えば胸は小さい。正にスレンダー。
彼女の名前はアオイ・ブラウンケット。職業はご想像の通り青魔道士。
知らない人のために解説すると、青魔道士とは、固有特殊能力『あおまほう5』を持つ魔道士系職業の一つだ。
魔物が使用する技を学習し、魔力を使うことでその技を使用するという変わった職業である。
因みにこの世界では、魔物の技を使うのはあまりいい印象ではなく、青魔道士の絶対数はとても少なかったりする。
「今何かどさくさに紛れて失礼なこと考えられてた気がするのですが、というか何でご立腹なのですか?」
「うるさい貧乳」
そこまで小さいのは流石に好みではない。顔や育ちがいいだけに、天は人に二物を与えぬ、といったスローガンを明確に体現していた。
当の本人であるアオイは、「貧乳……ただこれは慎ましいだけなのです……」と床で膝を抱えて何やら自分に言い訳をしているようだった。今後の彼女に期待しましょう。
そんなことはどうでも良いのだ。俺は今からこれを書いた気違いの粛清を行わなければならないのだ。
取り合えず居場所を特定し家を焼くところから……
「あー!器用びっ……これが書かれてたからこんなに切れてるのかー」
気づけばもう一人が、壁にもたれ掛かりながら、読んでいた本を手にとって44ページを読みながら頷き、一人で納得していた。
そう。俺が最も嫌いなことは、『器用貧乏』と言われることだ。
理由?嫌いだから嫌いに決まっているだろう。初対面で「赤魔道士?器用貧乏だから使えないよね!」と言われて怒らない方が異常だろ。
そもそも、この職業に成ってから一度もそんなこと思ったことはない。
やっぱりこいつを吊し上げて火炙りに……
「確かにこれはアカリが怒っても仕方ない事書いてあるね。まあ、一回アカリに会ってみればそんな減らず口叩けなくなると思うけど」
微笑みながら、彼女は諭すように毒を吐いていた。微笑みよりは、苦笑いに近いような感じだった。
そんな彼女は、レイラ・バーンレイド、内のチーム、『紅の翼』の要である。チーム名は羽根付き帽子から採ったのは言うまでもない。
顔は全体的にパーツは整っているが、まだ幼さが抜けないような童顔で、とても愛らしい。加えて薄く焼けた肌が彼女の元気の良さを表していた。
身長も顔に合わせて150センチ程度の小柄だが、アオイと違いちゃんと出るところは出ている。
それに比べて姿格好と言えば顔に似合わない厚手のプレートメイルを着ていて、首の辺りから下に着込んだモフモフの毛皮がはみ出していた。
背中には、人一人隠れられる様な大きいミスリル製の盾を背負って。
ただ一番目立つのは、頭のまるで小悪党の被るようなニョキニョキと二本角が生えた兜であろう。
彼女の職業は『バイキング』、あらゆる職業の中でも5本の指に入る盾職だ。
固有特殊能力も特に盾役に秀でているものが多く、知っている中では『挑発』によって相手の攻撃を一手に引き受けるだけでなく、『魔法誘導』と『魔法結界』によって魔法にさえも対処することができる。
さらには『くろまほう2』も使用する事が出来、多少ながら能力強化を行ってくれるのも有難い。
「私はアカリ君が赤魔道士で、本当によかったと思ってるよ?」
彼女の心ばかりの慰めで多少溜飲が下がってきた。彼女も彼女で、本当にそう思っているのかは定かではないが。
まあ、流石に俺も大人げなかったと反省する、子供じゃないんだから。
「『ファイヤーボール』」
だから、本を燃やして終わらせることにした。
「ちょっと!?ギルド内で魔法は止め……あ、アカリさんでしたか………」
真面目そうな豊満なバストが最初に目につくギルド役員が、魔法を使った直後にこちらに来て注意しようとしたが、顔を見るや否や、愛想笑いを浮かべて手揉みしながらすごすごと端の方に下がっていった。
「よし、じゃあ本日も『紅の翼』、活動開始としますか」
そう宣言し、ギルドの扉の外へと足を踏み出した。
本日俺のストレス発散のためだけに討伐されるであろう魔物の事を哀れに思いながら。
主要メンバーの紹介。
次回から、それぞれのジョブについてあとがきで詳しく解説していこうと思っています。