食品室番の少女・8 《終》
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川沿いを歩きながら、エメリアとヘシカの二人は街の中を王宮へ戻っていた。
ヘシカはうんざりするように言った。
「全く、あんな男だったなんて知らなかった。とんでもない奴だったわね」
そう、ヘシカは隣にいたエミリアに言ったが、彼女が浮かない表情をしていることに気がついた。
「どうしたの、エメリア」
「ちょっと……やり過ぎちゃった、ような……」
いくら何でも初対面の男に、あの術をかけたうえ、最後の捨て台詞だ。勢いで言ったものの、度が過ぎていたのでは、と考えていた。
そんなエメリアに、ヘシカが言う。
「ああ言う奴は少しでも痛い目を見せて、ガツンと言わなきゃ駄目なんだから。それにあのお姉さんからお墨付きをもらったでしょ?」
あのお姉さんとは、絵の題材にされていた女性だ。ガウンを羽織って戻ってきた彼女は、その光景に驚いていたようだが、去ろうとするエメリア達を見て悟ったようだ。
ちょっと不安げなエメリア達にこう言った。
「いいのよ、彼が暴走するのは良くある事だから。明日になれば全部忘れてるわ」
最もそれが事実なのかどうかは分からず、多少の不安もエメリアの心の中に残っていた(幸いにして、それは事実であったが)。
だが、エメリアが気にしている理由は、それだけではなかった。
「でも、その……せっかく連れて来てもらったのに」
申し訳ない、という気持ちはヘシカにも向けられていたのだ。
何だかんだ、半ば強引であったとはいえこうして予定を立ててくれ、半ば強引であったが、綺麗な服を着せてもらい。半ば強引に持って行かされた絵がぞんざいに扱われた時は、怒ってくれたのだ。
良く考えれば、最初から相手を全面否定せずに、冷静に話を聞いてみるのもよかったのではないか(相手にその冷静さがあるかどうかは別であるが)。
だが、ヘシカは気にしてないように笑った。
「いいよ。無理やり連れてきたのはこっちなんだからさ。まあ、せっかく絵に描かれるチャンスを棒に振ったのは意外だったけど」
「うう……すいません」
「謝んなくたっていいって。あんな変態男に描かれなくて、むしろ良かったよ」
「それより」と、ヘシカは思い出したように言う。
「エメリア、あんたあの凄い術はなに? 軍に向いてないとか言ってたくせに」
「別に……術が問題だったわけでもなく……」
「……ああ、性格って事」
そう、むしろその才能に関して言えば、師のお墨付きを貰えるほどであった。所が、その性格が、戦うという事にてんで向いていなかったのだ。
「喧嘩は……嫌じゃないですか……」
「そういうことね」
ヘシカは、短く息をつく。
「あんた可愛い上に、術者の才能まであるって訳か。あーあ、羨ましいわよ、全く」
「あの……私は、ヘシカさんも素敵だと思いますよ?」
「はあ、どこが?」
訝しげな顔を向けてきたヘシカに、エメリアはビクリと肩を震えさせながらも答える。
「その……癖っけな髪の毛も、顔のソバカスも、その目も。素敵だと思います」
ヘシカは言葉もなく見つめてくる。怒っているのだろうかと焦ったエメリアは言葉を続けた。
「ほ、ホントですよ。綺麗じゃないものの後には、奇麗なものを描こうと思ってて。だから、次はヘシカさんの絵を描こうとしてましたし」
「あたしの絵を? 聞いてないわよ」
「言って……ませんでしたから」
「つまり、あたしに無断で、あたしの絵を描こうってしたこと?」
「うぅ……」
図星であるのだからもはや何も言う事が出来ず、視線を泳がせまくっているエメリアに、ヘシカは微笑む。
「なら、描く時は言ってよ。モデルになってあげるから」
「ほ、本当ですか?」
「そりゃあ勿論。友達の願いなんだから」
ヘシカの言った言葉に、エメリアは少し驚き、眼を瞬かせる。
「友達……ですか?」
「え、何違ったの? あたしはずっとそう思ってたけど」
確かに、よく話をしたりするが、友達という考えはなかった。
そんなエメリアの反応にヘシカは眉をひそめる。
「あたしと友達は嫌って事?」
「そ、そんな事ないです……! その……」
必死に否定をするように、両手を胸の前でぶんぶんと揺らすが、その動きも止まり。
困ったように指をうねらせていたエメリアは、熱くなる顔を俯けながら。
「友達なのは……嬉しいです」
「そう? それは良かった」
そんなエメリアに対し、何でもないようにヘシカはニッコリ笑うのだった。
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ヘシカと分かれ、一人部屋に戻ったエメリア。
服は元のオンボロに戻っていた。
絵の包みを解く事もなく、そのままベッドに体を投げた。
明日から、また仕事である。
ヘシカはつまらない仕事だと言った。
確かに地味な仕事だ。一日を誰とも話さないで過ごすこともある。
でも、この仕事はやはり悪くない、とエメリアは思った。
暇な時間には絵を描けるし、煩わしい人間関係もない。
何より、ここには友達が居るのだから。
疲労と不思議な安堵感に包まれながら、エメリアはゆっくりと眠りについたのだった。
食品室番の少女『完』
『食品室番の少女』はこれで終了です。
次は『サウンドオブミュージカル』の予定です。