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食品室番の少女・6

―――



 エルネー・バウルロード。


 齢二十六ながら、既にその腕を高く評価され、国外にも広く名声が響いている画家であった。彼の描く絵は、繊細で写実的ありながら、何所か幻想的な雰囲気があり、特に精霊と精霊師をモチーフにした絵で広く知られていた。


 そんな彼がアトリエを構えているのは旧市街の中。

 ラーナ川が大きく蛇行し、窪みのようになっている地形であった。川沿いから少し離れるたそこは、喧騒も遠く道路も広ひろい。漆喰の塗られた窓もない大きな壁には、木造が取り付けられていた。


 エメリアとヘシカ二人は門を潜ると、外からは想像がつかないような広々とした庭にぶつかる。

 しかし、石畳の両脇の土の部分は茂る草木はあまり手入れはされておらず、先ほど通りがかった川沿いの原っぱを思い出させた。そこには、彫刻や石工が乱雑に置かれ、任せるがまま自然の一部に溶け込んでいた。


 石畳を歩いて行くと、その先に一つの扉があった。その開けっ放しにされていた扉の奥がアトリエだ。庭からでも、壁に並べられたキャンバスなどが見て取れた。中からは男女の話声が聞こえてくる。


 近づいて、部屋の中を覗きこめるような場所に角度を変えると、そこには一人の男がこちらに背を向けて、イーゼルの前に立っていた。

 若いが、あまり足の具合がよくないのだろう。

 イーゼルにはステッキの立掛けられていた。絵はその人物の陰になって見えないが、まだ絵の具の塗られる前のスケッチの状態のようだ。

 さらに近付いて奥まで覗きこめる所に来て。


 エメリアとヘシカは驚く。


 優雅なカウチに座っていた若い女性は、真っ裸であったからだ。

 その女性は、二人に気がつくと、動揺する素振りもなく、絵を描いている男に、顎で指し示す。


 振り返った男が、エルネー・バウルロードだった。綺麗な金の髪。その顔のパーツはどれも飛びぬけて良い訳でないが、極めてバランスよく配置されていた。

 皆が綺麗と思うが、さりとて皆に深い印象を残さないような顔だ。


 彼も、二人がいることに不思議そうにしながらも怒る様子は見せなかった。

 しかし、エメリアとヘシカの二人は、彼らのような余裕などまるでない。

 ヘシカが慌てて頭を下げる。


「ごめんなさい、御邪魔してしまったようで」

「いや、いいんだ。鍵を閉め忘れていたみたいだね。ヘレーラさん。少し休憩にしましょうか」

「ええ、そうね」


 彼女は立ち上がると、傍らにあったローブを手にアトリエの奥に消えていった。優雅に去った彼女に思わず目が行っていたエメリアとヘシカに、エルネーは尋ねる。


「それで、君たちは一体?」


 その声に改めて正面を向いた二人の顔を、彼は順に覗きこみ。



 エメリアを見て固まった。



 凝視してくるエルネーに、「?」を浮かんでいたエメリアの代わりに、ヘシカが答える。


「あたしはヘシカ・マイライエンと言います。彼女はエメリア・ミッカウボ。二人とも宮廷に勤める精霊師でして。あたし、厨房で働いていて料理も出来るんですよ」


 と、さりげなく自分も売り込みながらヘシカは続ける。


「それでですね、この子に絵を教えて欲しいんですよ」

「絵をかね?」


 返事はしたが、エルネーは何所かうわの空。

 尚もエメリアに目を向けてくる。

 しかし、ヘシカは特に気にしてはいなかった。習いに来た相手がどんな人か見ているだけだと思ったのだ。


「はい。この子、自分で絵を描いてるんですけど。もっとうまくなるには誰かに教わった方がいいと思ったんです。エルネー様は、皆に教えてくれているとのことを聞きまして」

「んー、ふん」

「だから、この子も教えてほしいんですけど……?」


 流石のヘシカも、エメリアをジロジロと見ているエルネーを訝る。不思議そうに思いながらも、ひと先ず話を進めることに。


「とりあえず、彼女の絵を見てみてくれますか?」


 ヘシカに肘でつつかれたエメリアは、たどたどしい様子で脇に抱えていた絵を、包みごとエルネーに渡した。

 受け取ったエルネーは。



 その絵を包みもとらずにポーンと自らの背後に放った。



 余りにもぞんざいな扱いに、目を瞬かせるエメリア。

 ヘシカも眉間に皺を寄せる。


「あのう、エルネー様――」


 その言葉をまるで無視して、エルネーはエメリアの顔に手を伸ばした。

 彼の絵の具の匂いさせる手が、前髪に触れようとした時。エメリアは反射的に体をのけぞらせ、彼の手は空を切った。

 今度はエルネーが目を瞬かせる番。彼はまさか避けられると思っていなかったのだろう。宙で手が固まっている彼に、エメリアが尚も身を引きながら聞いた。


「え……っと……何、です?」 

「ねえ、君」

「はい」

「僕の絵のモデルになってくれないか?」

「え、嫌ですけど」

「ちょ、ちょ、ちょっと?!」


 即答したエメリアに、ヘシカが慌てて反応する。


「なんで即座に断ってんのよあんた!」

「だって、絵のモデルなんて……」

「謙遜しているか知らないが、君の美しさを使わないのは罪だよ」


 流石画家というところか、とヘシカは感心する。エメリアは、普段は地味な格好にその長い髪のせいで殆どの者は気がつかないが、素材としてはかなりのものだった。最も、本人はあまり自覚はないようだが。


 実を言えば、それが利用できないかとヘシカは考えていたのだ。

 しかし、まさか絵の題材とは。一気にお近づきになれるチャンス。

 相手の態度は気に食わないが、ここはヘシカ、彼の加勢をすることに。


「何が嫌なのエメリア。名誉な事じゃないの」

「嫌と言うか……私、そんな自己開示欲満載な行為に興味ありませんし」

「あんた、さっきのモデルの人に怒られるわよ」


「君に興味があろうが関係ない。僕は君を絵の題材にしたいんだよ。

 さっき、精霊師と言っていたよね。丁度今、精霊師を題材にした絵の連作を描こうと思ってたんだ。それの題材に、君はぴったしなんだ。

 美しく長く伸びた髪に、絹のような透通る白い肌。その鬱陶しい前髪に隠れた瞳の美しさ。出来れば、この場で瞳をはっきりと見せてくれると嬉しいんだが」


「はっきりと……拒否します」

「そう言わずに!」

「その、私は絵を習いたいだけで、別に絵の題材になりたいなど全く思ってないというか……」


 意外に強情な所がある。ここは無理強いをしてはいけない。

 そこでヘシカは、妥協案をエルネーに提案することに。


「じゃ、じゃあこんなのはどうですか? まずは彼女に絵を教えてあげる。で、親しくなってから、エメリアに決めてもらうというのは」

「親しくなっても拒否しますが……」

「黙りなさいエメリア。で、どうですかね――」

「いいや駄目だ。我慢できない。僕の創作エネルギーはマキシマムなんだ! この状態で三日も四日も待つことになったら僕は憤死してしまう!」


 もっと長いスパンを考えてヘシカは言ったのだが。それよりも遙かに短い期間ですらエルネーは待つことが出来ないようだ。




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