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食品室番の少女・5

――


 絢爛豪華に彩られた正面門。

 それに対し、使用人たちが利用する裏門は極めて質素なものであった。

 壁に馬車一台が何とか通れる位の穴が開いており、鉄柵の門がついていた。


 そこを通り抜け、真っ直ぐ進むと、一つの川に突き当たる。

 それは、街の中を蛇行するように存在するラーナ川であった。川の下流部分は、生活や工場から出る汚水の為に汚れていたが、この辺りは上流で、川は綺麗であった。


 川に沿って、エメリアとヘシカの二人は進んでいく。


 晴れ渡った春の陽気の下、水面は太陽の光をきらきらと反射していた。

 川沿いは歩道が整備されている場所もあれば、草木が生えっぱなしの原っぱもあった。

 その場所で、子供が地面にしゃがんで何かを探している。

 原っぱにある枯れ木にはその祖父だろうか、帽子をかぶった老人が杖を手に坐って、子供の様子を見ていた。


 その光景をわき目に歩きながら、エメリアは少し先を歩くヘシカに尋ねた。


「あの、ヘシカさん?」

「どうしたのよ」

 振り返りながら、ヘシカは歩く速度を緩め、エメリアと並ぶ。

「なんで、ここまでするんですか?」

「なんでって、せっかく絵を描いてるんでしょ? それなら上手くなった方がいいじゃない?」

「そう、ですかね」


 言われるがままついて来たが、正直今も、エメリアの心は乗り気と正反対に突っ走っていた。

 そんな気持ちが顔に出たのか、エメリアにヘシカは励ますように言った。


「ほら、もっと自信を持って、元気出しなって。せっかく会いに行くのに、そんな表情じゃ教えて貰えないわよ」

「別に、そこまで教えてもらいたい訳でも……」

「こう言うのは第一印象が大事なんだから。何のために、その服を貸したと思ってるの?」

「借りたと言うか、借りさせられたと言うか……」

「それにうまくいけば、あんな場所おさらば出来るかもしれないんだから」

「お……おさらば?」

「エルネー様は宮廷にも出入りするお方よ? 他にも高貴な方とのお付き合いがあるに決まってるじゃん。

 あんたがエルネー様に気に入られれば、あたしが付いて行ってもおかしくないでしょ? 

 で、あたしもいつの間にか気に入られて、ちょっとパーティーとかに呼ばれちゃうかもしれないじゃん?」


 どうやら、それが一番の目的らしい。つまりはエメリアをダシに、エルネーに取り入る魂胆のようだ。


「ほら、あたしって年頃だし、精霊師よ? あたしを雇うって事はステータスになるし、しかも料理も出来る!」

「そんな、出来ましたっけ。まだ……見習じゃ?」

「貴族様に会うまでには出来るようにするわよ。だから、あんなクマみたいな親父の下で頑張ってるんじゃない」


 不満げに言ってから、ヘシカは夢の中に戻る。


「で、イケメンか、イケメンな息子のいるお方に見定められて。御屋敷に入り込んで。

 あれ、料理をしているあの子が気になって仕方がないぞ? なんて間にあれよあれよとそう言う関係になって見事、玉の輿に。

 そうすりゃ、働かないで贅沢三昧よ。仮にそうならないとしても、エルネー様にあたしが見定められて、そのままって可能性も……まあ、画家ってのは不満でもないけど、エルネー様はイケメンだからいっか」

「そ、そう上手くいきますか」

「やってみなきゃ分からないでしょ? 仮に何もやらなきゃ、あたしたちなんて一生下働きなのよ。それでいいの?」

「いいんじゃ……ないですか」

「えー、よくないに決まってるじゃん。あんただって分かってるでしょ? あたしらがこのまま一生懸命働いたって、せいぜい。あのクマと同じ上級料理人が関の山なんだから」

「でも、宮廷で働けるのは悪い事じゃ」


 宮廷で働くと働くという事は、人々にとっては十分なステータスと言えた。そこで働いているだけで、尊敬する人は山のようにいる。

 だが、ヘシカは何も分かっていないとでも言う様に、深い息をついた。

 語調に批判が混じる。


「あのねえ、幾ら同じ空間にいたとしても、あたしらは有象無象の一人、宮廷の背景に過ぎないの。王様や貴族様の人たちとは違ってね。彼らは絵の中心ではっきり見える。あたしらは描かれてせいぜい、こんなもんよ」


 ヘシカは親指と人差し指がつくかつかない位の僅かな隙間を作った。それから彼女は自らの着ている服の首元を持ち上げる。


「服も古着じゃなくて、新しく仕立てた服だけを着て生きたいの。きらびやかな白いレースをのついた可愛いドレスとかをね」


 綺麗なドレスを着たいかどうかと言われれば、エメリアだって着てみたい。しかし、届かないものであるという自覚も十分に持ち合わせていた。着ている自分は全然想像つかないし。

 一息ついたヘシカは「だからさ」と笑みを浮かべる。


「しっかり頼むわよ、エメリア。上手くいったら、二人で可愛いドレスを着て、ピクニックでも行きましょうよ」

「なら、今から予定を変えて……ピクニックに行きましょう、そうしましょう」

「ドレスが大事なの」


 ヘシカはエメリアの両頬をつまんで引っ張った。

「うー」と呻いてるエメリアを見ながら、ヘシカは首を傾げる。


「あんたも、そういう箔をつける為にここにいるんだと思ったけど」


 手が離れ、ヒリヒリと痛む両頬を撫でながら、エメリアは答えた。


「なんでそう思ったんですか」

「青の精霊師なら、もっと稼ぎの良い仕事、いくらでもあるでしょ? 氷屋とか、ガッポガッポじゃん。食品室番なんて、つまらない仕事。定年迎えた軍かフォルテの人がやる仕事でしょ?」

「氷屋だと、接客が……」

「接客は別の人に任せればいいじゃん」


 ヘシカの言う通りである。接客は苦手であったならば、別の人を雇えばいい。それか、既に氷屋を営んでいる場所で雇ってもらうのもいいだろう。自分で経営するより収入は落ちるだろうが、それでも、今より給料がよくなることは間違いない。

 美しいレースのドレスは難しいとしても、自分用に服を仕立てるのは訳ないはずだ。

 

 最も、自分の服にそこまで頓着を持っている訳でないエメリアにすれば、それはどうでもいいのだが。どちらにせよ、今の仕事が若い精霊師に向いていないのは確かだ。


「その、私の父も、一応精霊師で……立派な職について欲しがってたんです。父の考える、立派な仕事というのは、国に仕えることで……だから、本当は軍かフォルテに入って欲しがってたんです。ただ、私はその……向いてなくて」


 エメリアは、僅かに顔を俯け、続ける。


「だから、せめて宮廷で働こうと思って……そうなると今の仕事に。私の性にも合ってますし」


 こう言えば、エメリアの思いも伝わるだろう。

 絵も本当に、趣味で少しやる程度でいいのだ。だから、無理に絵を教わりに行かなくてもいいんですよエメリアは考えていたが。


「なら尚更、今日は頑張らなきゃね!」

 まるで伝わっていなかった。


「ええぇ……な、なんでそうなるんですか?」

「貴方のお父さんだって、貴族に玉の輿してくれるならばんばんざいでしょ?」

「父は国に仕えてほしがってて……」

「貴族に仕えて立派な子供を産むのも国にとっては大事な事よ? 父の願いも叶って、あなたの願いも叶う。完璧じゃない!」 

「うまく行きませんって、普通……と言うか、私の願いはこのまま静かに暮らすことなのですが……静かに、一人で、おばあちゃん……」

「若いのにそんなこと言ってるんじゃないの。ほら行くわよ」

「うう……私はおばあちゃん……」



 今さらそんな抵抗を言っても意味はなく、目的地は、もう間もなくであった。





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