食品室番の少女・2
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その日も、昼食の準備を終えたエミリアは、食品室番の控え室に戻っていた。
細長い室内は極めて質素。手前側にテーブルがあり、日々の記録を記す為のノートが置かれ、並んでペン立てと、インク壺が乗っている。
部屋の奥には大きな窓が取り付けられており、そこから使用人が使う中庭を見渡すことが出来た。脇に木棚があり、そこに各々が持ち込んだ私物や、共同で使えるようになっている御茶のセットが並んでいた。
棚の一番下には火鉢があり、それで用いて湯を沸かすことも出来る。
火をつける為の火打石もあるが、それを扱うのが苦手なエメリアは、厨房で火を分けてもらう事の方が多かった。
先ほどまで着ていたモコモコ服を壁に掛けらてれおり、彼女の姿が良く見える。
年相応の背をしているが、胸元は平均よりも控え目で、モコモコ服を着ている時は完全に凹凸を失っていた。
それも脱いだ事により、多少の隆起がクリーム色の服の上に現れていた。
その小山の上では、精霊石のついた首飾りがぶら下がっており、それが唯一の装飾品であった。
フードから解き放たれた長い栗色の髪を、オール木で出来た櫛でとかしながら、机の椅子に座る。机の上の木皿には茶色い欠片の入ったアイスクリームが乗っていた。
先ほど作ったアイスの残りだ。
筒にへばりついたのを集めたもので、この仕事の役得というものであった。
アイスを、鉄の小さなスプーンで口に運ぶ。
冷やりとする舌触りに、甘いクリームの中に胡桃の風味。それを味わいながら、エミリアは窓のある壁の方に目を向けた。
一階部分と言う事もあり、景色は良くない窓の手前。
そこにはイーゼルが立てられており、エミリアの描きかけの絵が乗っていた。
だいぶ完成しているが、まだ何かが足りないように思えた。
これからどうすればいいのか。思いめぐらしながら、アイスをもう一口。
その時、扉をノックする音が。
「エメリアー? いるの?」
「あ、ちょっと……待ってください」
エメリアは慌てて、棚に置いてあった布を絵に掛けて隠してから、扉を開ける。
目の前にいたのは、エメリアよりも背が高い、茶色い髪の一人の少女。
その女性、ヘシカ・マイライエンは厨房に勤めている赤の精霊師であった。
年齢はヘシカが上だが、宮廷勤めはエメリアの方が先。半年ほど前やってきたヘシカは、歳が近いエメリアの存在を知ってからよく会いに来ていた。
ヘシカを招き入れたエメリアは、先ほどまで自分が座っていた椅子を彼女にすすめる。自分が座る様の椅子を壁際から引っ張って来ていると、ヘシカは机の上に目を向けていた。
「これ、今日のアイスクリーム?」
「あっ……よかったら、食べます?」
「いいの? ありがと」
目を輝かせたヘシカだが、彼女がここに来る理由の半分は、そのようなデザートの残りだとエメリアは考えていた。冷たいデザートが出なかった日は、殆どヘシカはここを訪れないからである。
美味しそうにアイスを食べるヘシカを、エメリアは観察する。
顔にあるソバカスをヘシカは気にしており、エメリアの肌を羨ましがっていたが、エメリアはそのソバカスも可愛いと思っていた。
少し癖っ毛の金髪を肩ほどまで伸ばしていた。料理中は縛っているが、彼女は髪を縛るのはあまり好きでないので、仕事が終わるとすぐ髪を解くのだ。解放された髪の毛が嬉しそうに彼女の肩ほどで揺れている。
こうして彼女の特徴を調べているのも、今度の絵の題材を彼女にしようと考えていたからだった。
それなら素直に見て描けばいいと思うだろう。
だが、それは出来なかった。
なんといっても、エメリアが絵を趣味としているのは、誰にも言っていない秘密であったからだ。
アイスを食べながら、ヘシカが言う。
「ねえ、エメリア?」
「な、なんですか……」
「エメリアって絵を描いてるんでしょ? 見せてよ?」
「」
エメリアの思考は即座に冷凍。
秒後で何とか解凍し、言葉を振りしぼった。
「い、いや……描いて……ないですかよ?」
「絵の具糊の匂いで分かるって」
落ち着け、落ち着くのだエメリア・ミッカウボ。このような危機的状況を今までも何度も乗り越えてきたではないかと自らに言い聞かせながら、かつての状況を思い出す。
同僚、コンドラ・ティアソルガの場合(六三歳、先月二人目の孫が生まれた)。
「コンドラさん。今日は夜勤だったんですね……お疲れ様です」
「おつかれさま、エメリアちゃん」
「ところで……あれは?」
「ああ、イーゼルだよ。息子が昔使ってた奴だが、もう要らないと言っていたから持って来たんだ。エメリアちゃん使うかなって思ってさ」
「エー……いえ、使う予定はないんですけど……」
「ここで絵を描いているだろ?」
「いえ……描いてないです」
「ふうん……それなら、売ってしまおうかな」
「えっ?」
「だって、絵を描いていないなら別にいらないだろ? 元から売る予定だったしね」
「あの……その……」
「なんだい?」
「絵は、描いてませんけど……手放すのは勿体ない、かなーとか」
「だけど、絵を描いてないなら要らないんじゃないかな?」
「確かに……絵は描いてないですけど……貰えるなら、欲しいかなーと。別に、絵を描いてはいませんけど」
「そうか、まあ質屋に持って行くのも面倒だしね。ここに置いておくよ」
「はあ……どうも。ありがとうございます」
このようにして見事に切り抜けてきたのだ。今回だって――
「これがエメリアの描いてる絵でしょ?」
などとエメリアが思案している間に、ヘシカはアイスの皿を持ったまま、壁際のイーゼル前まで移動していた。
エメリアは慌てるが、動揺が表に出ないように必死に取り繕う。
「違います……その、他の人の私物ですから……勝手に触れたら……ってあの、ヘシカさん? ちょっと……話を……」
そんな儚いエメリアの抵抗など効果なく、ヘシカはキャンバスに掛っていた布をはぎ取った。
「あー……」
「へえ、これは……クマ?」
「……人です」
「答えたって事は、これやっぱりエメリアのなんでしょ?」
「あう……」
こうなれば、言い訳も無駄なのであった。