サウンドオブミュージカル・2
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次の日、サロンにやってきたアンナは、暫くは何食わぬ顔で談笑をしていたが。
その内、腰巾着の一人と、小さく目くばせ。
「そういえば、今日はおいしいケーキを持ってきたのよ」
「まあ 本当。でもどんものかしら、アンナ」
「それはね」そう言って立ちあがると、
「とてもとても甘いケーキよー♪」
「甘いケーキ♪」
「そう♪ 頬が零れるような~ 白くて素敵なクリームが乗ったケーキ~♪」
アンナが指を鳴らすと扉が開く。
銀のお盆に白いホールケーキを乗せた彼女の召使が、軽快に歩きながら歌い出す。
「これがケーキ甘いケーキ素敵なケ~キ~♪
ウチのシェフの得意料理たまらないケ~キ~♪」
ケーキを落とさないように、御盆を上げ下げしながら、足踏みをしていた召使。彼女の周りに、アンナと彼女の腰巾着Aがやってきて、両側から、ケーキに顔を近づける。
「うーん美味しいそうね、アンナ」
「でしょ?」
「食べて見ていいかしら!」
「まあ、このまま? 食い意地が張って」
「仕方ないじゃい。だって」
腰巾着Aはケーキから一歩身を引き、大きく両手を広げる。
「私の好きな甘いケーキ素敵なケーキ♪ 食べたらきっと幸せな気持ちあふれ出るお味~♪」
フフッと、腰巾着Aは笑う。
「これを我慢しろだねんて、酷い話じゃない、アンナ?」
「そうね。でも一人占めだめ。なぜなら」
頷き合うと、召使を中心に三人横並びになり。
「「「甘いケーキ誰もが好きで目のないケーキ~♪
ケーキみんな分け合えれば幸せな気持ち~♪
みんな好きな白いケーキ素敵なケーキ♪
香りの良いお茶と共の楽しみましょお~~♪」」」
完璧であった。
アンナは思わず高笑いしたくなるのを我慢して、あくまで優雅にふるまう。
「では、みなさま。このケーキを――」
「はっ、ケーキだって?!」
突然の声に驚いたアンナ。声の方を見ると、レオンシオとその金魚のフン達が部屋の角に固まっていた。前に歩みだたした金魚のフン一。
「いいねえ、嬉しくなるけど。男の人だけで食べた方がいいじゃないかな」
「な、なぜそのような事を? これは皆さんで」
「確かに、ケーキは美味しい。だけど女性方には危険には危険すぎる。だって」
金魚のフン一はピンと両足を合わせて背筋を伸ばす。
「甘いケーキ素敵ケーキ堪らないケーキ~♪ 堪らな過ぎてたいらげ過ぎてお腹も過ぎる~♪」
腹が膨らむようなジェスチャーをつけながら横に体を動かす。
その後ろから尊大な足並みでやってきた金魚のフン二が、一の方を指さす。
「まあ、どうしたんだいお嬢さん。そのお腹は」と声を低く中年声を真似して言えば。
「これはその、ケーキが。ケーキが!」と甲高く女性の声真似で応答する。
「何、ケーキだと! なぜそうなるまで食べてしまったのだ!」
「だって、それは……
甘いケーキ素敵ケーキ堪らないケーキ~♪
我慢なんて出来やしない止まらないケーキ~♪」
金魚のフン一はパクパクと宙でケーキを食べるふりをする。
見えない皿を、金魚のフン二が奪い取る。
「止めないか。全く。第一、こう言うのは男の領分なのさ」
「なんでなの?」
「なんでだってそりゃあ
オトコッはつね~に動き回るからさ~♪」
その歌に合わせたかのように、レオンシオと残りの金魚のフンが立ちあがった。
「「「たくさっんうごっきゃ腹も減る~♪」」」
「腹が減った時は何が食べたい?」
「お肉!」
「パンを沢山!」
「それに……」
「「「「甘いケーキ甘いケーキ堪らないケーキ~♪
腹が減った時にとても嬉しいケーキ~♪」」」」
声を合わせながら、レオンシオ一行はケーキを持った召使の周りをグルグルと回り出す。
そして一人ずつ、ケーキからクリームを指ですぐい上げて口に運んでいった。
予想外の事態に慌てふためく召使とアンナ。
「ちょっと、や、やめなさい!」
「やめろだって?」
「無茶を言うなよ」
「「「「やめるなんて出来やしない旨過ぎるケーキ~♪」」」」
やがて、金魚のフンの一人が、御盆後とケーキを奪い去る。そして、笑い声を上げながら扉の向こうへ消えていったのだった。
嵐のような衝撃に、アンナは茫然とする。
自分たちは一日かけて準備をしたというのに、なぜ即座にあのような歌を歌いあげることが出来たのか?
その時、レオンシオ達が居た場所に、一人、禿げたメガネの男が残っていることに、アンナは気がついた。
アンナの視線に気がついた男は、小さく頭を下げてレオンシオ達の後をついてった。
あの男、アンナは見覚えがあった。
レオンシオの元にいる。ロラーンドという物書きだ。
(やられた……!)
アンナは歯ぎしりをする。
あの男は、こちらのミュージカルを聞いて、すぐさまカウンターミュージカルを作り上げたのだ。
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それから、アンナも自らの知り合いの物書きを雇い入れ、レオンシオが次々と繰り出してくるミュージカルへの反撃を試みた。
しかし、ロラーンドは頭の回転の早く、皮肉も利く。
彼の書くカウンターミュージカルには、どうしても太刀打ちが出来なかった。
時には、こちらのカウンターミュージカルにカウンターを重ねてくる。
勝てないことはないが、勝率は誰が見てもレオンシオの方が高かった。
この前はカウンターにカウンターを重ね、さらにカウンターをするという強烈なカウンター合戦があったが、その際も、結局は敗北してしまった。
強烈な挫折感。
そこで生まれたのは発想の転換だ。
ミュージカルするのは、詩だけでないのだ。
その日、まだサロンでは誰もミュージカルしていなかった。
だが、もはやミュージカルしないなどあり得ない。
静かな緊張。うわべだけの会話。
火ぶたを切ったのは、チーム・アンナだ。
彼女の腰巾着Aが、ふと、窓の枠に目をやる。
「あら。アンナ、見てください。ここ、埃がたまってる」
「ホントね。こう言うところの掃除をちゃんとして欲しいわ
部屋の掃除はちゃんとしなきゃ♪
あっちもこっちも綺麗にしなきゃ♪」と、様々な所を指さしたアンナ。
そんな彼女に、腰巾着Bが。
「でも、あまり目立たない所だから、手を抜きたくなる気持ちも分かるわよね」
「そんなんじゃ駄目よ。だって……」
その時、突如開かれる扉。
同時に聞こえてくるラッパやバイオリン、ピアノの響き。
その音に、部屋の端でカウンターミュージカルを練っていたレオンシオ達も顔を上げる。
なんと、部屋の中に木管、金楽器、太鼓など楽器を持った者達が次々とやってきたのだ。
彼らにレオンシオも見覚えがった。
(ランフォーリャ楽器隊……!!)
彼らはアンナの両親がパドロンをしている音楽隊だ。
街の中でも随一で、年末に開かれる演奏会には国王は必ずやってくる。
彼らの奏る音にのせアンナは歌い上げる。
いままで、あくまで声と踊りだけで勝負だった。
しかし、そこに伴奏を、それもこれほどまでの音楽隊を使ってくるとは、レオンシオにも予想外でった。




