この広い宇宙に
ドラゴン退治から数日が経ち、命令を完全に無視して大立ち回りを演じた上に
現地の宗教に介入する羽目になるという大ポカをやらかした俺は中隊長の元へと
出頭させられていた。
そこでなぜこのような事態になったのか、細かく報告を求められている。
夜間の移動は危険と判断してその場に留まったこと、
その結果ドラゴンの夜襲を受けて自衛戦闘を強いられたこと、
そしてなし崩し的に『龍の心を持つ戦士』という英雄に祭り上げられてしまったこと。
またドラゴンには三十口径の弾は全く有効ではなかったこと、
昼行性のはずのドラゴンが何故か夜間に襲撃をしてきたこと、
ドラゴンの死骸を検めたところこちらが付けたのとは別に大きな傷を腹に
負っており、それが原因で炎のブレスを吐けなかったと思われること、
それらを総合して考えるとドラゴンがやってきた西の地で何か異変が起きて
いるかもしれないということ。
そこで報告した内容は大筋では嘘はついていないが、ドラゴンとの戦闘を
行った理由については大いに脚色を行った。
一切の命令違反は存在せず、合理的な判断の元に起こった偶発的な結果であると認識されるように。
だが中隊長殿はこちらの報告がお気に召さないようで、椅子に深く腰を掛けて机の上で手を組んだまま、瞳だけを動かしてじろりとこちらの顔を睨み付けた。
不愉快さを全く隠すつもりがない顔をしている。
「軍規が何のためにあるのかを知っているか。貴様のような
自殺志願者の勘違い野郎が好き勝手に動き回る事を防ぐためだ、空っぽ頭」
ばっさりと一閃。浅知恵で繕ったこちらの本心はあっさりと見透かされていた。
年季の違いというものだろう。
とはいえ俺の浅知恵もこれで終わりというわけではない。反撃に出る。
「龍はこの地の人々にとって神のようなものです」
「何?」
中隊長が訝しげにこちらを見るが、それを気にせず言葉を続ける。
「彼らにとって龍は脅威であると共に神聖な生命の象徴でもあります。
それゆえに我々がもし龍を狩り立てるようなことがあれば、
彼らは武器を執り我々と戦おうとするでしょう」
これは本当だ。
それゆえにこの地の人々との関係を考慮すれば、我々には大部隊を組織して
ドラゴンを襲うという選択肢は無い。
例外はただ一つ、ごく少人数の『龍の心を持つ戦士』による命と誇りを賭けた
戦いだけだ。
「現地の文化に則って貴重なサンプルを手に入れられたことは、
我が国にとっても大きな利益だと思いますが」
「つまり、これは国家単位の大手柄だから、
私の責任問題には発展しないと言いたいのか」
「常に忠誠を。私は国家と上官に対する忠誠を忘れたことはありません」
中隊長の射殺すような視線に対し、にっこりと微笑みを返す。
この戦いが生み出した途方もない利益こそが俺の切り札だ。
その名誉はあなたに差し上げるから、それと引き換えに今回の行動を黙認しろというシンプルな取引。悪くは無い話のはずだ。
だが中隊長は不機嫌そうな表情を変えようとせず、そして静かに口を開いた。
「……良いか、悪ガキ。我々は仕事だからここに来たのではない。
金や出世、名誉を目的にこの星に来たのではないのだ。
我々は守りに来たのだ。合衆国の、ひいては地球人類全ての正義を。
お前が今回そうしたように」
不機嫌そうに、しかし熱意を秘めたその言葉に驚きを感じる。
俺は自分の上官の事を侮っていたらしい。
母なる地球を飛び出して遠く離れた星に降り立ち、荒くれものをまとめ上げる
宇宙の戦士。
彼もまた本物の海兵隊員なのだ。
「私は貴様に配慮されるほど落ちぶれてはいない。
この件に関しては最大限の配慮を求めるよう上に掛け合うが、
ドラゴンスレイヤーはお前のものだ。
だからもしまた同じ状況になったならばその時は我々を呼べ。
そこに正義があるならば、我々はあらゆる敵と戦おう。
たとえそれがドラゴンであろうと政治家であろうとだ」
中隊長の言葉に「必ず」と返事をする。
自分でも気付かぬ内に、いつしか本心からの笑顔を浮かべていた。
この星には同じ正義を共有する仲間がいる。
俺はこの広い宇宙に一人ではなかったと、そう感じたことが嬉しかった。
「……で、だ。黒川二等軍曹。お前、あれはどうするつもりなんだ?」
そう言って中隊長が指さした先、中隊本部のテントの入口では一人の少女が
佇んでいる。
その少女は絹のように艶のある素材で織られた刺繍入りの白いワンピースを
身に着けていた。
肩まで伸ばした黒髪には小振りとはいえ磨かれた宝石の髪飾りが輝いて、手首にはめられた金のブレスレットが褐色の肌によく映えている。
彼女の名はクリタピと言った。
「…………善処、します」
俺はそれだけを告げて目を逸らした。
彼女は村を代表する龍の巫女だった。龍を鎮めるためにその身を捧げることが
その唯一の存在意義であった。
それは良い。
シャーマンも人身御供も地球にだって存在する文化だ、否定はしない。
あの村を守った龍、『龍の心を持つ戦士』が俺だということが問題なのだ。
あの戦いの後、彼女は俺に「村を代表してお礼を述べる」と告げ、俺はそれを受け入れた。
今にして思えば迂闊なことをした。
謝意を表すために贈り物をすることも予想できたはずであり、また若い女性が
贈り物が含まれる可能性にも至れたはずだ。
あの村は俺に対して最大限の謝意を示すために、村で一番の宝物を俺に贈ったのだ。
すなわち、村でもっとも重要な存在である龍の巫女を。
そのことに気付いたのは村を離れる際にクリタピが俺について来ようとした時であり、もう断るには遅すぎた。
どれだけ説明しても彼女は譲らず、そして今もこうして俺の傍を離れない。
ちらりと彼女の方に視線を送る。
正確な年齢は分からないが、外見からはどうひいき目に見てもせいぜい十二、三歳にしか見えない。
こんな歳の嫁を貰って、俺に一体どうしろと言うのですか、神様。
「この星の人間と衝突することだけは避けたい、上手くやれ。
なんなら神父と教会を手配してやろうか?」
そう言って中隊長がくくくと笑う。うるさいぞ中年オヤジ。
そうする内にこちらの視線に気付いたのか、クリタピもまたこちらを見つめて
微笑みかけてくる。
それは、年相応の可愛らしい少女の笑顔だった。
俺はあのドラゴンを倒すことで、罪なき人間の笑顔と未来を守った。
それはとても良いことで、素晴らしいことだ。
そんな風に自分を騙して慰めながら、小さくため息をついた。
(了)




