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龍の惑星  作者: ドラム缶
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死闘の終わり

 初めに感じたのは熱さだった。


 次に体中の骨が軋むような痛み、そして流れる血液のぬめりと頬に当たる砂利の感触。


 右腕の袖から炎が上がっている。叩いて消そうとしたが肩が外れたのか左腕が動かない。

 仕方なくキャメルバッグのチューブから飲料水を吸い上げ、それを吹き掛けて消火した。


 軽く腕や足、身体全体を動かす。

 火傷のひり付くような痛みはあるが問題なく動く。

 ダメージはそれほど大きくない。



 ――プラスチック爆薬が起爆したのだと思った。



 だが視界の端に配線をズタズタに引き裂かれたプラスチック爆薬を認めると、そうではないのだと気付く。


 そもそもそれにしてはダメージが小さ過ぎた。

 腕で抱えた爆薬が爆発すれば、身体が損壊、欠損するレベルの傷になる。

 受けた衝撃も腕の中ではなく背中に対するものであった。


 何より今目の前で起きていることは爆薬などでは説明がつかないではないか。


 一体どうして俺は、遥か後方から俺のことを追撃していたはずのドラゴンに、こうも大きくリード(・・・)()許して(・・・)いるのか(・・・・)


 わだちのように深くえぐられた地面の先で、長い尾を揺らしながらドラゴンがゆっくりと向きを変えている。


 その背には薄く四枚のスリットが開かれており、そこから二度三度と小さく炎が噴き出していた。


「加速した、のか」


 信じがたいことではあるがそう考える他ない。

 奴は背中からジェットエンジンのように燃焼ガスを噴き出して加速、俺の脇を通り抜けたのだ。


 その時にジェットの噴流に触れたか、あるいは身体のどこかが接触したのだろう、かくして俺は苦い泥を舐めることとなっている。


 こちらに向き直ったドラゴンが低い雷鳴のように喉を鳴らす。


 いつまでもじっとしてはいられない。俺はまだ動く右腕を地面について身体を支え、よろよろと立ち上がった。


 行く手を阻む巨体が揺れる。

 闇に開かれた瞳孔がこちらを捉え、大きく開けられた口からは白い乱杭歯と

 真っ赤な舌が覗いている。


 ためらう時間は無い。素早くピンを引き抜いたグレネードを、敵のふところ目掛けて投げ入れる。


 さきほど手痛く傷つけられたソレに気付き、大きく飛び退くドラゴン。


 爆音と閃光、そして異臭を伴う濃い煙が辺りに立ち込める。


 フラッシュグレネードとスモークグレネードだ。おまけにスモークの方には

研究開発局が動物の忌避する臭いをありったけ詰め込んである。

 それがこの星の生物、それもドラゴンを退けさせる効果があるとは思えないが、混乱させるぐらいのことはできるだろう。


 歯を食い縛り、夜闇の中を走る。


 視界は塞いだ、隙も作った。これでもう何の装備も策も無い。


 グレネードは今のが最後で、ライフルと無線は先ほどの突進の衝撃で使い物にならない。

 暗視鏡はノイズが走り、虎の子のプラスチック爆薬は配線を切られて爆破は不可能。


 俺にはもう何一つ手が無い。後は俺が死ぬまで逃げ続けることしかできない。


 道を逸れ、マグライトの明かりだけを頼りに木々の間を走る。


 ドラゴンを大きく迂回するルートだ。

 奴が道を塞いでいる以上、ドラゴンを沈めるのに適した水深の水辺に向かう

ことはできない。


 分かっている、この先にあるのは泥が堆積してできた浅瀬で、せいぜいが俺の膝ほどの深さしかない。

 ドラゴンの鼻はおろか、つま先ほどまでしか沈めることはできない。


 そんなことは分かっている。


 それでも今は走ることしかできない。それが俺に残された最後の武器だった。






 一時間か二時間か、あるいはもっと走っていたように感じた。


 おそらく実際に走っていた時間は一分程度だろう。


 だがそれは人生で最も長い一分だった。


 そしてあるいは、人生で最後の一分になるかもしれないと思う。


 背の後、すぐそばでドラゴンの嘶きが聞こえる。

 とうとう奴は俺に追い付いたらしい。


 走るのを止め、脛を濡らす程しかない浅い水の中でゆっくりと振り返る。


 その巨体と威圧感からまるで吐息が触れ合いそうなほど近い距離に感じる。

 ドラゴンの頭がゆっくりと左右に揺れて、その中心では爬虫類じみた瞳が

真っ直ぐにこちらを捉えている。


 よどみなく静かな動きでホルスターから拳銃を抜く。


 銃口に取り付けられたサイレンサーを右腕だけでゆっくり捻ると、それを水中に落とした。


 こんな状況でも落ち着いている自分に、どこか他人事のように感心していた。


 拳銃の銃口をゆっくりと上げる。

 地面、正面、そして斜め上方にあるドラゴンの頭部へ。


 そして俺は誰に言うでもなく、自然とその言葉を口にしていた。


「戦闘開始から十二分の経過を確認」


 ドラゴンの頭部より更に上、夜空に向けて拳銃の引き金を引く。

 マズルフラッシュと銃声が夜空に映える。


予定通り(・・・・)次の作戦行動に移る」


 思わずニヤリと笑う。


 眼前では銃声に刺激されたドラゴンが咆哮を上げて突き進んでくる。

 白い牙の並ぶ口を大きく開き、今まさに俺を喰い殺さんとしている。


 ああ、やればいい。やれるものならな。


 がくんとドラゴンの体が揺れる。

 頭を左右に大きく揺らし、足を忙しなく踏み鳴らす。

 ざぶざぶと足元の水がかき回されて泥が辺りに飛び散っていく。


「その巨体だ、一度ぬかるみにはまればそう簡単には抜け出せない」


 ドラゴンはこちらの言葉など聞こえないという風に四本の足を右に左に置き

直し、体のバランスを取ろうとする。


 だが泥が堆積した(・・・・・・)湖底はドラゴンの足を取り、滑らせ、それを許さない。



 入念に準備を行った。


 ドラゴンが泥土の存在に気付かぬよう、眼も耳も鼻も全て潰した。

 水辺だろうが飛び込んで来るよう十分に刺激して激高させた。

 飛んで脱出できないよう翼も破壊した。

 そして足を泥に取られた状態でジェット噴射を行えば自身の足がもげてしまうからそれも出来ない。


 ドラゴンに走る自分を追わせてこの場所に引きずり込むこと、それが俺の最後の武器。




 こちらを射殺すような瞳で睨み付けるドラゴンを眺める。


 吐息が掛かりそうだと感じた互いの距離は、今では実際に吐息が掛かる距離にまで近づいていた。


 けれどもはや逃げることはできない。

 堆積した泥はドラゴンだけでなく俺の足も深く捉え、この場からの迅速な退避を不可能としていた。


 だがそれでも良かった。

 この場所に引きずり込んだ時点で俺の勝利は確定していた。そこに俺の生死はもはや関係ない。




「俺の勝ちだ。たとえこの一瞬後に俺が喰われることになろうとも」




 ドラゴンが大きく開けた口が、そして飛び散る鮮血が俺の視界を覆い尽くした。

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