焼けた密林で出会ったもの
それから二時間ほど、黒煙の上がる場所を目指して森の中を前進し続けた。
進むほどに鼻をつく煙の臭いは強くなる。
視界も今では白く霞んでいる。
黒煙を発見した旨を報告した中隊本部からは、安全に配慮しつつ更なる情報収集
に努めるようにと命令を受けた。
だがドラゴン相手に一体どう振る舞うことが安全に配慮した行動なのだろう。
ただ地球でそうするように、地を這い、茂みに隠れ、じりじりと進む。
そんな移動を一時間以上も続けていた。
しかしそれももうすぐ終わりだろうと考える。
辺りにくゆる煙の様子を見る限りでは、既にかなり近くまで来たはずだ。
この一時間の間に幾度となく見上げた空だが、幸いなことに未だドラゴンの
面影を見ること無く済んでいる。他の大型生物も同様だ。
日が高いとは決して言えないが、それでも日没まではまだ時間があった。
何事もなければ明るい内に偵察を終えて帰れるだろう。
危険な場所へと近づかずに済むのならそれにこしたことは無い。
けれどそれは儚い夢、希望的観測だ。
折れた枝が、踏み慣らされた道が、なぎ倒された大木がそう教えてくる。
進むほどに周囲には破壊の痕跡が増して行く。
それに何より、木が焦げる臭いにかすかに異臭が混じることに気付いていた。
俺より鼻の利くリチャード伍長もきっと気付いていることだろう。
これでも幾度か死線を潜り抜けてきた。
それが何の臭いなのか分かっていた。ただ現実を直視したくなかった。
だからこそ眼前にその光景が現れた時にも、我々は諦観を抱きこそすれ驚愕することは無かった。
「……シズキ、飴はいらねぇからさ、明るい展望をちょっと話してくれよ」
「それは難しい注文だが……一つだけ良い話がある」
焼かれた家屋、焼かれた家畜、焼かれた人、人、人……。
それは紛れもなくこの星に住む人々の村だった。
なす術もなくドラゴンに焼かれ、貪られて死んだ人々と、希望を失いまるで
死んだように佇む人々の村だった。
「我々はドラゴン退治の英雄にならざるを得ないかもしれない」
「我々はこの場所の様子を見に来た。起こったことを教えてほしい」
幾人かの村人に対して辞書をめくりながら話しかけてみたが、あまり思わしい反応は得られなかった。
それは言葉が上手く通じていないというのもあるだろうが、この惨状による精神的ショックによるところが大きいように思えた。
無理もない。訓練を受け、戦場において何度も死者を見てきた自分でさえ目を背けたくなるような光景だ。
彼らも野生が支配する過酷なこの星で生きているとはいえ、そう簡単に慣れるものではないだろう。
同じように声をかけていたリチャード伍長がこちらを向いて首を横に振った。
「何か情報は得られたか、伍長」
「全然ダメだな。あれは……ちょっと無理だ」
「そうか。こちらも同じような状況だ」
視界の端に腹から下が黒く焼き斬られた母親の死体と、それにすがりついて泣く子供の姿が映っている。
視線を逸らせば今度は夫と子を失った妻が嗚咽を漏らす様が目に入り、いたたまれなくなって空を見上げた。
青い空。地球と変わらぬ光景。人類の新天地、フロンティア・ファイブ。
神様、これが楽園というものなのですか? それとも彼らはこれほどの罰に値するほど罪深かったのですか?
首を振って考えを頭から払う。
神は生きている人間を救わないとよく知っている。
人を救うのはいつだって人だと、俺達軍人は良く知っている。
だからそうして戻した視線の先に、負傷者の手当てをする一人の少女を見つけたとき、俺は迷うことなく動きだしていた。
「おいおいシズキ、どこに行くつもりだよ」
「俺達がこの星で為すべきことをしに行くだけだ」
それだけ答え、村人の手当てを続ける少女の元へと歩を進めていく。
その少女は有力者の娘であるらしく、他の村人が着るような粗雑な木綿か麻に似た服ではなく、絹のように艶のある素材で織られて色鮮やかな刺繍の入った白いワンピースを身に着けていた。
肩まで伸ばした黒髪には小振りとはいえ磨かれた宝石の髪飾りが輝いて、手首にはめられた金のブレスレットが褐色の肌によく映えている。
しかしそれ以上に彼女の雰囲気を特徴づけているのは活力に満ちたその機敏な動作だ。
他の村人が死んだように沈み込んでいることがその活発さを一層際立たせている。
それは大人顔負けの仕事ぶりであり、そのため顔が識別できるほどに近づき、彼女の歳の頃が十二、三歳くらいであろうと気付いた時には素直に驚きを感じた。
その頃には向こうもこちらに気付いたらしく、治療の手を止めてこちらに視線を向けてくる。
見慣れぬ異邦人の姿を認めた少女は怯えた表情を見せ、しかし素早く怪我人と自分の間に立った。
震え、怯えて、それでもなおこの少女は仲間を守ろうというのか。
酷く嬉しくなり歌でも口ずさみたい気分だ。
だがこれ以上少女を怖がらせるわけにもいかないため、そんな意識の昂ぶりを押し隠して冷静に口を開いた。
この言葉は辞書を引かなくても話せる。もしもの時のためによく勉強しておいた言葉だ。
「手を貸そう。我々はあなた達を助けるためにここに来た」
俺とリチャード伍長は少女を手伝い、一通りの治療を終えた所で少し休憩を取った。
時間が経って落ち着いたのか、あるいは治療を行う我々の姿を見て警戒心を薄れさせたのか、その頃には地面に座り込む我々の様子を幾人かの村人が興味深げに伺うようになっていた。
とはいえ積極的に近づこうという者はいないらしく遠巻きに眺めるのがせいぜいで、それゆえに村人の治療を行っていた少女が「ありがとうございました」と声をかけてきたことに少なからず驚きを覚えた。
更にはここで起こったことを教えて欲しいというこちらの頼みに快く応じるのを見て、彼女は並外れた勇気を持つ子だと評価するに至った。
またこの少女――名はクリタピだと言った――は歳に比して聡明であるらしく、こちらが会話に不慣れであることを理解してゆっくりと説明してくれた。
しかしその中には未だ不完全な辞書には記載されていない単語も多く、それを一つ一つ確認しながらメモを取るためどうしても会話には時間が掛かる。
そのためこちらが知りたいことを全て聞き終える頃には、もう日が山陰に隠れようとしていた。
俺は彼女から聞き出した内容を記したメモを見返しながら、最後に確認のためにもう一度一通りの内容を聞き直すことにした。
できることなら聞き間違いであってほしいと、そう思う。
「それではクリタピ、もう一度最初から確認させてほしい。
よろしいだろうか?」
「はい、かまいません」
クリタピは真っ直ぐ視線を向けてくる。そこに特別な感情は見つけられない。
「ではまず、この村は日の高い頃、
西の方から現れたドラゴン……龍に襲われた」
「はい、そうです」
「龍はあなた方の神である。また龍の目的は村人を食べることだ」
「はい」
「龍は同じ場所に長くは留まらない。
だからもう何度かこの村を襲えば次へと移動する」
「はい」
「全ての村人が龍に食べられることは無いから、
襲撃を耐えたその後で村を再建する。生き残った村人の力で」
「はい」
「……つまり、あなた方は龍が満足するまで食べられるつもりである」
「はい、その時が来れば私は龍にこの身を捧げるつもりです。
それがこの村に仕える龍の巫女としての私の役割です」
クリタピの淡褐色の瞳が真っ直ぐこちらに向けられている。
そこには話し始めた頃と同じように何も特別な思いは宿っていない。
諦観でさえも。
「村を棄てて逃げることはできないのだろうか?」
「私達はこの地を離れて生きてはいけません。
この地を去り、遠い地で皆死んでしまうくらいなら、
私達はこれまでに何度も繰り返したように龍にこの身を捧げます」
祈るように問うた言葉も届かない。
「では龍と戦うことはできないのだろうか。
神に逆らうことはあなた達にとって悪しきことなのだろうか?」
「いえ、龍は戦いを好みます。
龍に挑むものが現れれば、それはきっと喜ばしいことでしょう」
ならば、と言いかけた俺の前で、クリタピがそっと目を伏せる。
「ですが、我々にはできません。龍に勝てるのは龍だけです」
口の中で奥歯がぎりりと音を立てた。
やってみなければ分からない、などとは口が裂けても言えない。
彼らはこの星の長い歴史の中で幾度も『やってみた』のだ。
やってみて、そしてその結果得られた生き残るための知恵がこれなのだ。
感情を押し殺すのは得意だった。それが出来なければジャングルを這いずり回る斥候なんてやっていられない。
けれどそうして押し殺そうとして殺し切れなかった俺の内心を、目の前の言葉さえ上手く伝わらない少女は敏感に感じとったらしい。
「あなたが私達を想ってくれていることを、私達は嬉しく思います。
龍の加護があればきっと何人かは生き残ることができるでしょう。
ですから、どうか悲しまないで下さい」
そう語る少女の顔は、やさしい微笑みで彩られていた。
少女の元を離れた後、灯りの準備をしていたリチャード伍長の元へと行き、クリタピから聞いたこの村の事情を話した。
話を聞いた伍長は少し残念そうな顔を見せたが、すぐにいつものような笑顔に戻った。
「まっ、仕方ねぇよ。
俺達だってあんな化け物相手に剣と槍で戦えって言われたら諦めちまう。
そういうもんさ。今日の所は中隊長殿の到着を待って、
俺達人間の強さって奴を見せつけてやるとしようぜ……
そういや中隊長殿の到着はいつになりそうなんだ?」
村に着いて情報収集を開始する前に俺は中隊本部に無線で指示を請うていた。
その目的はもちろん支援を要請することにあったが、そうでなくとも今の状況は一個人が判断するにはあまりにも重すぎる。
そのため上の判断を仰ぐという意味もあった。
上がドラゴン退治を決意して、村人を助けろと命令してくれれば俺達の肩の荷は下りる。
ことの責任は我々ではなく判断を下した上官に移り、たった二人での救助活動も終わりとなる。
しかし二手に分かれて情報収集をしていた伍長はその結果をまだ聞いていなかったのだ。
聞くまでも無いと、思っていたのかもしれない。
だから伍長が期待を込めて向けた視線の先で、俺が残念そうに首を横に振った時、伍長はそれが何を現しているのかすぐには理解できなかったようだ。
「……おいおいなんだよ。イエスかノーで答えられる質問をした覚えは無いぜ?」
「道中で事故があり、隊員が崩落に巻き込まれた。
救助と道路の復旧に時間が掛かるらしくすぐには来れそうにない。
我々はここから撤退し、中隊と合流せよとの命令だった」
あらゆる感情が消えたかのように無表情だった。
頭の悪い男ではない、きっとこちらの言葉から正しく現状を理解した、理解してしまったのだ。
伍長は表情を失ったまま、静かに胸ポケットから煙草を一本取り出しライターで火を点ける。
吐き出された煙が広がり、宙に溶けこむように消えて行った。
「この村は見捨てるしかないのか」
落ち着き払った低い声。
この場所で村人の治療を行ったことさえ厳密には命令違反だ。
だが偉大なる我が友リチャード・スプリングフィールド伍長はそれを責めるようなことはせず、笑って俺に付き合ってくれた。
正義感の強い男なのだと思う。
だからそんな彼がこうしてこの村の行く末を案じていることには驚かなかった。
「命令ではそうなっている」
努めて冷静に答える。伍長もまた静かに言葉を重ねる。
「生き残ってる連中はどうなる。
ドラゴンに喰われるのを待つしかないここの連中は」
「運が良ければ生き残るだろう」
「運が無かった奴は?」
「死ぬことになるだろう」
「俺達はアメリカ人だ。誇りある海兵隊だ。
それが今まさに死にかけている人間を見捨てて逃げる?
こんな情けない真似が許されるのか」
「どんな人間にも限界はある。
俺達はアメリカ人で海兵隊だ、スーパーマンじゃない」
伍長の言葉が次第に熱を帯びてくる。
それに引っ張られる形で俺もまた少し感情的になってしまい、その結果――
笑いをこらえることができなくなった。
「だけどこんなの……おいシズキ、お前笑ってるな?」
「ん……気のせいじゃないのか?」
素早く掌で口元を覆う。
もう少し続けられると思ったのに残念だ、俺も修行が足りない。
「ほら、間違いなく笑ってやがる。チクショウ、こいつ何か隠してやがるな」
「正義感に篤い良いパートナーを得たと神に感謝していただけだ、
隠し事などとんでもない」
クールな表情を無理矢理作りながらかぶりを振る。
思わず少し吹き出したが許容範囲だ。
「聞かれたことにはちゃんと答えたはずだ。聞かれたことには、な」
「やっぱり隠してやがるな!
おいここの連中を助ける方法を教えろ! 今すぐに!」
正義感に瞳を燃やした偉大なる我が相棒が「ハリーハリーハリー」とうるさく叫ぶ。
仕方がない、笑顔を隠すのをやめて話してやることにしよう。
「まず、この人数を避難させるのは不可能だ。
移動している間にドラゴンに追い付かれる。
そもそも彼らに逃げようという意志がない」
「おう、それぐらいはバカな俺にだって分かるぜ。はりーはりー」
急かして騒ぐ伍長を手で制し、話を続ける。
「しかし物理的に不可能である以上は援軍も期待できない。
村人には戦う意志もまた無いため彼らが武器を執ることも無い。
彼らは彼らの神に畏れを抱いている」
視線を巡らせる。
遠く村の中央ひっそりとその最期の時を待ち続ける人々の姿が見える。
「おまけに命令は即時の撤退だ。
デリケートな政治的問題が絡む以上、命令違反は即軍法会議。
良くて不名誉除隊、状況次第では懲役刑もありうるだろう」
「最低最悪な状況ってわけだ。
で、お前の考えは、お前の策はどうなんだよ、シズキ」
「そうだな、少なくとも命令に関しては気にしなくていいだろう。
先ほど『偶然にも』無線が故障した。
そのため現在は階級上位者との連絡が取れない状況にあり、
現場の最高階級保持者である俺の判断が我が軍の総意となる。
無論、俺は全ての行動と判断について責任があり、
隊への帰還後にその行動の是非を問われるが」
「手癖の悪い奴だなあ……まあこれで家に帰った後で怒られるけど、
今は好き勝手できるってわけか。
それで肝心の、ここの連中を助ける策はどうなんだ、考えがあるのか?」
伍長は話の核心を求めて続きを促す。俺は薄く笑い、そして答えた。
「ドラゴンから逃げられないなら倒してしまえば良い。
援軍が無いなら俺達だけでやれば良い」
「……前々からそんな気はしてたけどよ。
そんなクレイジーなことを笑いながら考えてたお前の方が、
ドラゴンなんかよりよっぽど怖ぇよ」
リチャード伍長は笑って俺の背中を叩いた。




