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龍の惑星  作者: ドラム缶
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龍の星に降り立つ猟犬

 俺が思うに、きっと人というのはどんなに美しい風景であったとしても一週間と経たずに飽きてしまう生き物なのだ。


 そしてそれが延々と続く代わり映えのしない密林で、六十キロを超える装備と

ライフルを担いでの山登りともなればなおさらだ。


 スコールでぬかるんだ地面は歩くほどに体力を奪い、水分を含んだ空気は不快な暑さで我々異邦人を歓迎してくれている。

 散歩をするのに向いているとは到底言えない場所だ。


 以前歩いた南アメリカの熱帯雨林のことを思い出す。大丈夫、あそこと比べて

大きな差は無いと自分に言い聞かせた。


 無論、だから楽だなどと言うつもりはないのだが。


「シズキ、あ、いや、黒川(くろかわ)静紀(しずき)二等軍曹殿……

 少し、少し休まないか?」


 背後の声に足を止めて振り返る。


 視線の先には青年が立っていた。

 青い瞳に金の髪。迷彩服に身を包み、ボルトアクションライフルで武装した

海兵隊員。

 俺のパートナーであるリチャード・スプリングフィールド伍長だ。


 彼はわざとらしく肩で息をしながら傍らの大木へと寄りかかっていた。


「十五分前に休んだばかりだ、リチャード伍長」

「そうは言っても、こっちは蒸すのも暑いのも慣れていないんだ。

 熱帯生まれの日本人と一緒 にしないでくれよ」


 日本は温帯だからこんな熱帯雨林は存在しないと言いかけて、いや、もしかすると沖縄には熱帯雨林が存在したかもしれないと思い当たる。

 だがそんなことはどうでもいい。


 折り畳んだ地図とコンパスを取り出して、おおよその現在位置と目的地までの

距離を確認する。


「リチャード伍長、今日中にあと八キロ進む。ゆっくりはしていられない」

「八キロもかよ……チクショウ、後で中隊長にケツを蹴り上げられるよりかは、

 今歩いた方がマシか」


 やれやれと大げさに首を振るとリチャード伍長は再び歩きだす。

 そして歩きながら顔だけをこちらに向けると、うんざりした様子で口を開いた。


「だけどそこまで行けば今日の仕事は終わり。後はゆっくり休めるんだよな?」

「安全を確認すれば、だ。急ぐぞ、この星の一日は二十三時間しかない」


 そう答えて地図をポケットに捻じ込み、時計を確かめる。


 そして空を覆いつくすほど巨大な太陽を仰ぎ見て、この星に思いを馳せた。




◆◆◆




 地球型開拓惑星《フロンティアシリーズ》。


 二十一世紀初頭に偶然発見された恒星間跳躍技術は、宇宙のサイズをぐっと

縮めることに成功した。


 それは当時人口増加と食糧難に歯止めがきかずにいた地球にとって、まさに天がもたらした救いの発明であった。


 おそろしく手間のかかるテラフォーミングの必要などもう無い。

 元から人が住める環境の星を見つければいいのだ。


 地球が支えきれない人間を移住者として他の星に送り込む。

 そしてこれを開拓して第二第三の地球を作り上げる。


 ――それが、フロンティアプロジェクトと呼ばれた計画だった。


 タチの悪い冗談のような内容だが計画自体は思いのほか上手くいった。

 今では六つの移住可能な惑星が見つかっており、順調に移民を送り出している。




 確かに問題が無いわけではない。


 第一開拓惑星は火山だらけで、地上の七割は生身で歩けないほど暑い。


 第二開拓惑星はほとんどが海で、一年中台風が発生しては海上をさらう。


 第三は凶暴な動植物が支配する野生の王国で、第四は十気圧もある濃いガスの

大気が惑星に充満し、第六は暴風吹き荒れる岩石だらけの惑星だ。


 だが、しかしそんなものは些細なことだ。




 そう些細なことだ。この第五開拓惑星《フロンティア・ファイブ》に比べれば。




 フロンティア・ファイブ。

 二年前に発見されたこの星には二つの特筆すべき生物が存在していた。


 一つは高度な知性を持つ生物、すなわち『地球外知的生命体』だ。


 彼らは炭水化物を主成分とし、酸素呼吸を行い、恒温動物であり、その外見も

含めて地球型人類によく似ていた。


 雑食性で穀物をよく食べ、農耕と牧畜を中心として部族単位での生活を営む。


 他の部族とはゆるやかな交易関係を結ぶ程度に社会性があり、また自然物に宿る

とされる精霊を信仰して生きてきた。


 それが収斂進化の結果なのか、神の御業なのかは分からない。

 だがそんなことは多くの一般人にとってはどうでもいいことだった。


 特に宇宙という孤独の海に飛び出そうとする人間にとって重要なのは、この

世界は知性を持った生命に溢れているという事実だった。


 我々は初めて、自分達がこの広い宇宙にたった一人ではないことを知ったのだ。




 だがこの星を探索した地球人はすぐに、もう一つの重要な事実を突き付けられることとなった。


 自分達、人型の知的生命体が万物の霊長などではないという事実だ。


 フロンティア・ファイブに踏み入った人類はそこで多くの原生動物を見ることとなった。


 爬虫類じみた外観のワニやトカゲにも似た肉食動物。

 毛に覆われた体から固い蹄の付いた太い足を生やした山羊のような草食動物。

 鋼のような甲殻を全身に備えた昆虫状の節足動物。


 そのどれもが原始の地球を彷彿させるような巨大な体を持っており、人間程度

であれば薄紙を引き裂くように簡単に肉塊へと変えることができる。


 だがこのような驚異的な生物達であってもこの星では食物連鎖の頂点に立つこと

はできない。

 この星の王者として君臨する生物はそれらを遥かに凌駕していた。




 その生物の巨体は優に二十メートルを超え、鋭く尖った乱杭歯は装甲板さえも

容易く貫く。


 数トンもある体はその全身が鋼鉄のように硬い鱗に覆われており、背に生えた

擬肢から張られた皮膜によって自由に空を飛びまわる。


 分泌された可燃性の強酸性体液が体内の毒腺に蓄えられ、口から吐き出されると

同時に発火して瞬間的に数千度の高温を生み出す。


 その威容を最初に目撃した地球人が呟いた言葉が、そのままこの星の王者に

与えられた名前となった。



 『ドラゴン』



 それがこの星における二つ目の、そして最も特徴的な生物だ。


 我々は宇宙の隣人と交流を重ねる前に、まず己の身の安全を確保する必要に

迫られることとなった。




 調査隊として民間人の科学者がこの地に降り立つ前に、戦闘を生業とする軍人が先んじて送り込まれたのはそういう経緯(いきさつ)による。


 しかしいかに宇宙開拓時代の軍人とはいえ、化け物と戦う訓練はしていない。

 もちろん宇宙怪獣と戦うための武器もSF映画の中にしか存在しなかった。


 少しでも効果がありそうな装備をかき集めてはこの星に持ち込んではいるが、

それが本当に有効なのかは誰にも分からない。


 未知の生物、未知の場所、未知の気候。


 一つだけでも致命的な情報の欠落がこの星には無数に存在する。

 こんな状況で部隊を送り込んだなら未曾有の惨事を招きかねない。


 だからまず我々は情報を集める必要があったのだ。

 学術的な知識ではなく、生きるために必要な知恵を。


 そのためにこの地に放たれたのが『猟犬』だった。




 猟犬。ごく少人数の精鋭からなるチームを形成し、本隊に先んじて密林を探索

し、安全な居留地を見つけ、道を確保し、その他必要と判断されたあらゆる情報

を集める斥候――自分とリチャード伍長のように。


 我々の任務は敵を撃つことではない。

 いずれ来る多くの仲間達のために、この星と、生物と、そして『宇宙の隣人』についての情報を少しでも多く集めることだ。




◆◆◆




「シズキ…あと、何キロ……目的地まで、あと、何キロだ……?」


 蚊の鳴くようなか細い声に振り返ると、視線の先ではリチャード伍長がわざとらしいジェスチャーを交えて疲労を訴えていた。


 気付かぬ内に移動速度を上げていたかと疑うが、そういうわけでもなさそうだ。


「あと五キロほどだ、伍長……なぜそれほど疲労している?」

「こんなもん背負わされてるからに決まってるだろうが。

 いつもより二十キロ近く荷物が増えてるんだぜ?」


 そう言って伍長は自分のバックパックを軽く叩いて見せる。


「普段俺が背負っている荷物と比べれば三キロは軽いと思うのだが」

「体力お化けのシズキと一緒にしないでくれ、俺はデリケートにできてるんだ。

 スプーンより重いものを持つには介護士のケアが必要なくらいさ」


 そう言うと伍長はわざとらしい仕草で大きくかぶりを振る。いつもの他愛無い

やり取りだ。


「そんなデリケートな身でありながら、弱音一つ吐かずに行軍を続ける頑張り屋の

 リチャード坊やには頭の下がる思いだ。後で飴を買ってやろう」

「そいつは素敵な話だな、これから向かう山奥にドラッグストアがあることを

 願っているよ」

「そうだな。だがこんな田舎では営業時間に期待は出来ない。さあ急いで――」

「ああ、ちょっと待った」 


 話を切り上げて移動を再開しようとした俺を制するように、伍長が手をかざす。


「どうした、あまり休憩している時間は無いぞ」

「いや、そうじゃない……

 なあ、何か臭わないか? 焦げてるような、鼻につく妙な臭いだ」


 そう言ってひくひくと鼻を動かしながら周囲を見回すリチャード伍長。

 つられてこちらもゆっくりと視線を巡らせて――


「伍長、飴はまた今度だ。九時の方向に何かある。あれは……黒煙か?」

「ただの土埃……じゃないよな。ここからじゃよく見えないな、どう思う?」

「それを調べることも我々の任務に入っている。行くぞ、風下を維持して接近する」


「ただし目的はあくまでも観測だ、異常が確認されるか危険を感じた時点で接近

 を中止。それと発砲も極力控えろ、自衛を除く戦闘行為は許可しない」

「了解、覗き見(ピーピング)に徹する。あいにくドラゴン退治の聖槍は質に出しちまった。

 戦うつもりはこれっぽっちもねぇよ」

「残念だな、ドラゴン殺しの英雄にはなり損ねたようだ」


 軽口を叩き合いながら銃の状態を確認し、ギリースーツを羽織り、戦闘に備え

一つ一つ装備の確認を進めて行く。

 だが次第に口数は減り、確認し終わる頃にはお互いに緊張感を隠せずにいた。


「……まだドラゴンだと決まったわけじゃない。先入観は持つな。

 我々はこの世界では未だ何も知らない異邦人なのだからな」

「さー、いえっさー」


 自分でも説得力が無いと思う。伍長の軽口からも普段のキレは失われている。


 炎の息と言えばドラゴンの象徴のようなもので、立ち昇る黒煙はドラゴンの

存在を強く想起させた。




 幻想世界から抜け出してきたとしか思えない怪物相手に、果たして人類の技術

はどこまで通用するのだろうか。

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