幕間:ドラゴン雑談
イリヤとゼノビアが食事と会話を楽しんでいる裏で彼らの竜たちもまた、契約者の心象世界を介して対峙していた。
もっとも、こちらは楽しむとは程遠い雰囲気だったが。
―――蔭口を言われて何の制裁もできないとは、本当にどうしようもない雄だな。
ポグロムが馬鹿にしたように評する。
その後の会話でイリヤとゼノビアの親密度が増したのが気に入らないらしい。
その点についてはスヴェトリアも同意だったが、かといって契約者の悪口は聞き逃せない。
―――イリヤのわるぐちいわないで。イリヤはすごいんだから!
―――どこが凄いというのだ?田舎くさい貧弱な雄ではないか。その点己のゼノビアは真の貴族とも言うべき気品がある。こうして共に食事をしているとあまりの差に憐れみすら覚えるぞ。
―――し、しんのきぞく?そんなわけわかんないものなんてかんけいなしにイリヤはかっこいいもん!
―――どこがだ?力強さもなければ知恵も回らなそうな若輩者に魅力などなかろう。
―――そっちのケイヤクシャのこだってただのちんちくりんじゃない!
―――な!?ち、ちんちくりんだと。小柄なところが可愛らしいというのにそれが判らんのか!?
スヴェトリアの攻撃がゼノビアに向かい、ポグロムも冷静さを失う。
―――それにいっつもむすってしてるし!イリヤはいつだってニコニコるんだよ!
―――ただヘラヘラしているだけではないかっ。ゼノビアは大げさに表情をつくるような下品な真似をしないだけだ!
自分の契約者を称揚し、相手の契約者をけなす醜い争いが始まる。
生まれたばかりのスヴェトリアと千年を生きた"龍"であるポグロムが同レベルで争っていた。
竜を神格化している平民が聞いたら耳を疑うような状況である。
しかし精神レベルは同程度と言えども、そこはさすがに年の功。語彙力はポグロムに圧倒的な歩があった。スヴェトリアはだんだんと押されていった。
―――ふ、ふん?その程度か?己はまだゼノビアの美点を万や二万はあげられるぞ。
―――うぅ……
このままではイリヤの名誉が損なわれてしまう。短い人生を反芻して必死に逆転の糸口を探していたスヴェトリアは、ごく最近の記憶にそれを見つけた。
昼間イリヤが会っていたえらそうな人が言った言葉。意味はよくわからなかったけど、褒めていたのは確かだ。
あんなえらそうな人が褒めていたのだから、きっと凄いことに違いない。
そんな幼竜の無邪気な考えが、特大級の爆弾発言へと繋がった。
―――えっと、イリヤはシリノアナノグアイハゴクジョウなんだよ!
―――……は?
ポグロムが間の抜けた声を出す。
その響きに、スヴェトリアは自分の発言が得点を挙げたことを悟った。
間違いなく、相手は動揺している。
幼くともスヴェトリアは竜である。魔物たちの頂点に君臨する生物としての本能が、畳みかけるならココだと告げていた。
―――トーマきょうがきにいったんだって!
―――め、雌相手だと!?。や、そういった用途の器具も存在するとは聞くが……
―――アレクサンドルでんかにもおすすめっていってた!
―――見境なしとは!あ奴あの年でどれほどの……っ!
かつて龍大陸で暴れまわり"絶龍"の名を受けた古き龍、ポグロムは、その永い人生においてもめったに経験したことがない程の戦慄を覚えていた。
成熟期になっても一度もつがいをつくれなさそうな貧弱な若造だと侮っていたが、この人間は、想像以上に危険な存在らしい。
これだけの経験を持ちながら如何にも人畜無害に振舞うことが出来るなど、信じられなかった。
いや、あるいはそう思わせるのがこの雄の手なのかもしれない。
そういえば、ポグロムの記憶にもあった。繁殖のことなど考えてもいないような態度を装っておきながら、雌が気を許すと途端に交尾に持ち込む雄。
この若造は、その類の雄なのかもしれない。
―――ね、イリヤはすごいでしょ?
黙り込んでしまったポグロムに、勝利を確信したイリヤが得意げな声をかける。
だが、ポグロムは、それに応える余裕はなかった。
なんとしてもこの雄を、ゼノビアから引き離さなければならない。
ゼノビアと談笑しながら食事を続けるイリヤを睨みつけながら、"絶龍"は決意した。
◇
後ほど。
『不用意にあの若造に近づくと張型をつけて尻穴を掘ることを強要される』とゼノビアに説いたポグロムは、珍しく外目にはっきりわかる程ほほを染めた彼女に本気で怒られる羽目になる。
その後、三日ほど口をきいて貰えなかった。
「おのれ若造。ゼノビアを貴様の変態性欲の毒牙から必ず守って見せる!」
偉大な"龍"の叫びは、虚空に消えた。