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水音

作者: 雨の狭霧

初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。

ホラーって難しいですね。

少しでも涼しくなって頂けたら幸いです。

 俺は中学三年の日比谷正輝。俺は根っからのオカルト好きだ。

 特に学校に纏わる話が大好きだった。

 みんなも知っているだろう。学校の七不思議と呼ばれる有名な話を。

 これは学校内で起こる不思議な現象を七個知ってしまうと、とんでもない事になると言う夢のある話だ。

 でも実際問題、七個以上不思議な話をする人間がいる。

つまり全く根拠のない噂話なんだが、俺は好きだ。

 こういった話の特徴は『友達の友達から聞いた』という信憑性の薄い存在なのに、話を鵜呑みにし、その話をまた別の『友達』にする事じゃないだろうか。だからこそ何とも言いようのない怖さが増していくんだと思う。

 そんなこんなで俺は毎日毎日新しい噂話を求めて、休み時間はネットサーフィンに明け暮れている。

 ある日、ネットサーフィン中の俺の元に一年の吉野深月が訪ねてきた。彼女は俺のオカルト話を熱心に聞いてくれる唯一の女子だ。そんな彼女が上級生の教室まで来るという事は早急に話したい事があったのだろう。俺はスマホをスリープモードに切り替え、深月に声を掛けた。


「話を聞こうか。深月一等兵」


 何故、深月を一等兵と呼んだかって? 気分だ。

 そんな呼ばれ方をした深月は微妙な笑顔を浮かべてから話を切り出した。


「新しい噂話が出てきたのでお知らせしに来ました。先輩は『放課後の水音』って呼ばれてる話は知ってますか?」


 深月から最近出てきた噂話の固有名称を聞いたが、全く知らない。心がウキウキしてきたぞ。


「いや、全く知らないね。それは一年の子たちで流行り始めてるの?」

「そうみたいです。私も昨日知ったばかりでして、先程まで友人から話を集めてました」


 素晴らしい。素晴らしいぞ。深月一等兵。情報とは戦況を打破するためのリーサルウェポンなのだよ。


「その話を総合すると……。前日から雨が降っていて、当日も雨が降っている放課後である事。そして、付き合っている男女が放課後の誰もいない教室で談笑をする事。最後に、どちらかが帰った後も教室に残る事。この三点が『放課後の水音』の条件のようです。後は、人によって話がバラバラでした。帰った方の子が帰り道で交通事故に遭うとか、残った方が翌日神隠しに遭うとか……」


 話によれば、雨が降っている日に好きな異性と放課後話して、先に異性を返した後も教室に残っていれば、教室で怪奇現象が起きるかもということらしい。

 もしかすると帰った方に怪奇現象が起こるのかも知れない。まさにオカルト話だ。

 しかし、好きな異性と話すのか。難しいな。

 なぜなら俺はクラスの中で浮いてしまっているからな。

 いつもオカルト話ばかりしているから女子は近寄らない。


「困ったな……。検証しようにも女子の知り合いなんて居ないし……ちらっ。今までは一人で検証出来るんだけど今回のはなー……ちらっ。付き合ってる二人だもんなー……ちらっ」


 これだけ伏線を張ったんだ。深月一等兵なら拾ってくれるはずだ。

 深月がすごく恥ずかしそうに立候補してきた。


「先輩が嫌じゃなければ……その……わたし……先輩のことが…………」


 計画通り。

 たしかにパッと見は小動物系の守ってあげたい女子だが、

今までのオカルト話好きの印象がこびりついて彼女と見る事は難しいと伝える。

 自分で言わせておいて何を言っているかって? これがジゴロって生き方なんだよ。

 しかし深月は付き合ってみないと分からないと食い下がってきた。


「わたしじゃ……ダメですか」


 悪くない。悪くないぞ。その潤んだ瞳。素晴らしい破壊力だ。それなら世界征服出来るだろうぞ。深月一等兵。


 そんなこんなでお試し交際期間がスタートした。

 そしてお試しが開始すると共に様々な七不思議を一緒に体験して回ったんだが、素晴らしい日々だった。桃源郷とは本当にあるんだと思うほどにな。


 最後の七個目で件の噂を検証する事にした。


 放課後、誰もいない教室で深月と二人きりでオカルト話で盛り上がる。この深月は俺のオカルト話を熱心に聞いてくれる。そのキラキラ輝く目でジッと見つめてくれる。

 俺はいつの間にか深月の事を好いていたんだと思う。

 そんな事を考えてしまうほど話題が無くなった時に、深月へ家に帰ってもらうよう告げた。


「もうそろそろいいと思うし、時間も遅くなっちゃうから深月は帰りなよ」


 深月は何か言いたげだったが意を決して教室から出ていった。

 その後、何十分待っても教室に異変は起こらず、やはり噂話は噂話かと思い帰ろうとした。

 教室に誰かが居る気配がするんだが、これなんてノベルゲー。

 嬉しい反面、気味が悪いので教室を出ようと引き戸に手を掛けると、黒板にバケツをひっくり返したような量の水が掛かっていた。


――ポルターガイストキターッ


 気味は悪いが遂に怪奇現象に遭遇したんだ。俺の顔がニヤけるのは仕方ないと思う。許してほしい。

 でも俺はある事に気付いてしまう。


 教室の戸が全然動かない事に。


 いやいや、誰かが向こう側から抑えてるに違いない。そうだろ? 俺氏。

 この絶妙に気味が悪くなった教室に一人。普段からオカルトに身も心も浸かっているつもりだったが、実際に体験するとなると勝手が違う。さっきから歯がカチカチ鳴って五月蝿いけど、どうにも出来ない。

 黒板から滴り落ちる水音が徐々に心を蝕んでいく。

 焦る気持ちで上手く力が入ってないとかではなく、顔が充血するほど力を入れても微動だにしないんだ。

 そんな状態で水音だけは嫌に大きく耳に響くんだ。

 俺は十分ほど粘ったが無理だと諦めた。


 そうだ。俺が怪奇現象に遭ったという事は深月は無事という事になるんだ。良かった。こんな思いをするのが俺で良かった。そう思わないと気が狂ってしまいそうだ。吐き気がする。何がオカルト好きだ。いざとなったら何の役にも立たないじゃないか。

 俺は既に恐怖のせいでまともな思考が出来なくなっているんだ。そうだ。だからネガティブな考えしか思い浮かばないんだ。

 そんな考えを何度も何度も繰り返した。水音だけが響く教室の中で。


 いつになったら水音が無くなるのか気になり黒板を見ると、乾ききっていた。更に下に広がっていたはずの水溜まりも消えている。

 しかし水音は止まらない。

 既に放課後から二時間は経っているだろう。それなのに教室から見える景色は二時間前と変わらぬ明るさを保っていた。

 俺は直感的に思った。


 この教室だけ時間が止まっている。


 窓から外の状況を確認する為に、窓際へと移動する。

 そこから見える景色は深月が帰った時と変わらず、雨が降っていた。雨が降っているのに窓ガラスや濡れた地面に落ちる雨の音が一切聞こえない。雨音の代わりとばかりに教室内に響く、水が水面に滴り落ちる音しか聞こえない。

 それからも暫くの間、水音は響き続けていたが気が付けば音は止まっていた。

 俗にポルターガイストと呼ばれる者は何かしら行動を起こすのだが、最初の黒板の水くらいしか悪戯らしくない。つまり、水音は別の要因があると思う。

 こんな体験は滅多に出来ないだろう。ここは最後まで検証してやろうじゃないか。怖いからって縮こまっていても事態は何も変わらないだろう。

 俺は黒板に近寄り触るが何も起こらない。水溜まりがあった辺りを触るも何もない。ただの乾いた床。乾いた黒板。

 聞こえていた水音が全くしなくなってから、段々息苦しさを感じてきた。

 まさかとは思うが外の世界と完全に分断されているとすれば、教室内は元々あった分しか酸素がない事になる。

 恐らくこれが正解だろう。そうじゃないとしても、そうとしか考えられない。考えたくない。

 早くこの空間から抜け出さなければ、酸素欠乏症とか言うやつで眠るように死んでしまうだろう。

 水音が聞こえなくなったのは何故だ。考えろ。教室内を動き回るのはやめよう。考えろ。落ち着いて呼吸をゆっくりするんだ。考えろ。

 その時、何かの視線を感じた。

 教室を見回すが誰もいない。

 しかし、水滴が上から落ちてきて、目の前を通る。

 床に水滴が当たると同時に聞き慣れた水音が聞こえてきた。

 恐る恐る天井を見上げると、天井に何かが貼り付けになっていた。

 真っ白く変色した肌。水が滴るほど濡れた垂れ下がる髪。真っ直ぐ向けられる青白く濁った瞳。嘲笑うように歪められた口。その全てが深月と一致した。

 次の瞬間、天井から深月が落ちてきた。






 後日、朝になり登校してきた生徒により正輝の変わり果てた姿が発見された。

 正輝は椅子の背に頭を乗せ、苦痛と恐怖に歪んだ顔で天井を見つめていた。

 そして、正輝の口から肺にかけて水が溜まっていた。



 水音の正体。それは自分の口から流れ落ちて床に滴る音だった。

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