6:フランシスカの夢
・早速お題ですが、ファンタジー調で暗い感じのメリバが読みたいです!アバウトですみません!
リクエストありがとうございました。
狂える氷の山が、目の前には広がっていた。
銀斧王女フランシスカは、目的地を目の前に、ただひたすらに歯の根を噛み締めていた。
――12月24日、氷虎の月。
たった数時間だけ咲く花がある。
その花は万病に効く効用があり、誰もが旅をして、求めさすらうほどの価値があるのだという。
花の名は、リリアントノエル。
月明かりも届かぬ地の底に咲く花。天にも届く塔の上に咲く花。
地獄のような灼熱の大地に咲く花。そして、
目の前にそびえる、
大氷山ラ・デアシュルトの上に、咲く花。
この山にやってきたのは、フランシスカひとりではない。
花を求めてやってきたのは、国が誇る精鋭、銀斧騎士団である。
病に冒された国王のため、皆はリリアントノエルを求めていたのに。
今ここに、ただひとり残るは、フランシスカだけであった。
今年の12月24日を過ぎては、国王の命はないだろう。
主治医にそう告げられてからの、強行軍であった。
多くの氷壁の前、脱落してゆく騎士団の面々。
さらに大氷山ラ・デアシュルトには、凶暴なる氷竜種ブリザルが棲まう。
氷の海を泳ぐトビウオにも似た彼らは、銀斧騎士団をまさしく喰い物にしていった。
生きる者がいないこの世界において、騎士団の柔らかな肉や熱い血は、なによりも“ご馳走”であったのだ。
かくして。
今、銀斧王女フランシスカの周りには、今夜のクリスマスディナーを求め、人の肉の味を覚えた氷竜種ブリザルが群れをなしている。
フランシスカは舌打ちをした。
「……ったく、面倒くさいったらありゃしないわ」
この氷の世界において、時間の感覚は狂ってしまった。
ただ父の死を告げる砂時計だけが、フランシスカの腰袋にはしっかりと入っている。
落ちる砂の量は、残り僅かだ。
「リリアントノエル。絶対に持って帰らなきゃいけないんだから。こんなトカゲみたいなやつらに、構っている余裕はないっていうのに」
彼女は右手に手斧を握っていた。
銀の手斧だ。その輝きは雪原に堕ちた太陽のようですらある。
フランシスカの金色の髪と対比するかのように、荘厳であった。
まさかこの美しき乙女が手斧を振るうとは、氷竜ですら思うまい。
それが侮りであった。
前後から二匹の氷竜が飛びかかってくる。
彼らは尻尾の力で、高く跳躍するのだ。
「フン!」
フランシスカは息を吐くと、力強く手斧を振るった。
すると次の瞬間、氷竜はその硬い鱗ごと、真っ二つに両断されたのである。
返す斧で、もう一匹の竜を断つ。
「まだまだァ!」
さらにフランシスカは腰にくくりつけていた銀斧を握り、同時に放り投げる。
無慈悲な軌道を描きながら、斧は固まっていた氷竜に着弾。同時に血の雨をまき散らした。
「トカゲどもが、よくも……。アタシの仲間を、よくも……! その仇をここで見過ごし、先を行かなければならないアタシの怒り、今ここでわずかにでも発散させてもらうわ……!」
花を手折ることが似合いそうな、金髪の乙女は怒りに染まった目でうめく。
銀斧王女フランシスカ。
またの名を、斧神フランシスカである――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
咲く花は、山の頂上にあった。
そこには一匹の巨大な氷竜が座していた。
確かに氷竜ブリザルなのだが。
その竜は群れを引き連れながら、こちらを理知的な目で見下ろしていた。
血まみれの斧神フランシスカは、竜を睨む。
「花をもらいにきたわ。そこをどけ」
一対の手斧がある限り、フランシスカに通れぬ道はない。
返事を期待していたわけでは、微塵もなかった。
声をかけて、それでもどかぬのなら殺す名目が立つ。
ただ、それだけのことであった。
が――。
『この花は渡せぬな、娘。この花は使う“アテ”がある』
「……アンタ」
その声は、フランシスカの脳内に響いていた。
予想外ですらあった。
フランシスカは手斧を強く握り締める。
「花を使う、アテ? 竜が?」
『左様。我が息子の病はこの花でなければ直せぬ。この花はそのためのものだ』
「……息子って、アンタ」
見やれば、ブリザルの王の横には、うつ伏せにして虫の息を吐く竜がいた。
フランシスカは片眉を釣り上げる。
「死にかけの竜だわ」
『そうだ。だが我の息子だ』
「アタシは花が欲しいだけ。ひとつ分けてくれれば構わないわ」
『花はひとつしかない』
フランシスカは顔を顰めた。
「……」
『娘よ、帰れ。そして二度とこの山に立ち入るな。それで我らはすべてを忘れよう』
「そういうわけには、いかないわ」
手斧を握る手に力がこもる。
竜はわずかに頭をあげた。
『我と貴様が戦えば、両者共にただでは済みまい。その傷で山を降りることができるのか?』
「アタシが死んでも、花がお父様に届けばいいわ」
『それに何の意味がある?』
「――約束」
フランシスカの言葉とその目に、氷竜王はただ吹雪のようなため息をついた。
『我は息子のために、死にたくはない。猛火め。貴様は災厄であった』
「知るか」
斧神フランシスカは両方の手斧を組み合わせた。
柄が伸び、それらはまるで左右に重りがついたポールアクスのように変形する。
フランシスカの対近接用ウェポン――、チャリオットアクスである。
「邪魔者は叩いて潰す。アタシはいつだってそうしてきたもの」
氷竜神と斧神の戦いが始まる――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数週間後、王の元にはひとつの花が届けられる。
それは紛れもなく、リリアントノエル。
血の付着した、リリアントノエルであった。
かくして、ひとりの若き天才の命の引き換えに、王の命は助かった。
――だがその翌年、国王は改めて病に冒され、命を失うこととなる。
銀斧王女フランシスカの『約束』は果たして叶ったのであろうか。
それは後世の識者たちに、委ねられる物語。
ただ大氷山ラ・デアシュルトの頂上には、花のかわり――。
一本の斧が突き立てられたままだと言う。