13:運営に愛されすぎた少女
『リアルラック』という言葉がある。
なにがリアルなのかというと、RPGによくある『運の良さ』とは違っていて。
アイテムのドロップ率10%を一発で引き当てるような『本当に運の良い人』を指すときに、その値を数値化した言葉だ。
お前はリアルラック高いよな、とか。
俺なんて、全然アイテム拾えないよ。リアルラック低いんだ、とか。
まあそのように用いる、ネットスラングである。
類義語で『神に愛された~~』のように、『運営に愛されている』と言ったりもする。
そんな中。
このVRMMOにもひとり、運営に愛された少女がいる。
彼女の名は、メリーアン。
もはや伝説とともに語られる、少女の名である。
メリーアンの伝説は、枚挙にいとまがない。
いわゆる、ドロップ率2%の超絶レアアイテムを、いつでも一発で引いたり。
合成成功率1.2%の装備品を、一度も失敗すること10種類すべて作成したり。
彼女のリアルラックには、数値がつけられないだろう、とも言われていた。
クリティカル率、命中率、回避率、ドロップ率、合成率……。
すなわちネットゲームとは『確率』を支配するゲームだ。
その中で、運営に愛されすぎている彼女は、まさしく最強の存在だった。
羨ましい、と普通ならば思うだろう。
男もそうだった。
あの日――。
そのメリーアンと共にパーティーを組むまでは、そう思っていたのだった。
特定のダンジョンには、人数制限というものがある。
何人以上では挑めない、というものと、あるいは何人からでしか挑めない、というものだ。
システムに登録すると勝手にパーティーを組んでくれるオートパーティーを設定して五分後。
男――カスガは目を丸くした。
「よろしくー」
そこで気楽な調子で声をかけてくる彼女こそが、まさにメリーアンだった。
当たり前だ。彼女は運営に愛されているが、だからといって人数制限のかかっているダンジョンにひとりで入れるほどの、超越者ではない。
ただひとりの、プレイヤーなのだ。
波打つような銀髪。回避率を重視したレザーアーマー。それに武器は刺突攻撃力の高い、レイピアであった。
どれもこれも、超一級品のレアアイテム。カスガから見れば、喉から手が出るほどにほしいものだ。
そんなものをしれっとまとっている彼女は、ごく普通のアバターであるはずなのに、なにか後光が差しているように神々しくすらある。
カスガがじーっと見つめていることに気づくと、メリーアンはパタパタと手を振った。
「あー、うん、もしかしてあたし、知られちゃってたりする?」
「まあ、有名人だしな……」
「まとめサイトとか、すごいもんねえ」
あっけらかんと言う彼女は、まるで他人事のようだ。
ぽりぽりと頬をかくメリーアンは、ただの女子高生という噂である。
だがそれも本当のことかもしれないな、とカスガは思った。
その後すぐに四人のパーティーメンバーが揃い、一同はダンジョンへと突入してゆくことになる。
そこでのメリーアンの働きは、まさに一騎当千であった。
メリーアンのクリティカル率は異常に高く、彼女は敵の攻撃をことごとく回避した。
そのレイピアに込められた状態異常の発動率も高く、さらに麻痺で敵が怯むことも連発するとなると、もはやこれは『リアルラック』という言葉で片付けられない不条理のようだ。
かくして、メリーアンの無双によって、そのダンジョン攻略はあっという間に終わった。
「おつかれさまー、それじゃあまたねー」
ぷらぷらと手を振るメリーアンが去ってゆく後ろ姿を眺めながら。
「ま、まってくれ」
カスガは思わず彼女に、声をかけてしまっていた。
「? それで、なにか用?」
「いや、用ってわけじゃないんだけど」
「あー……もしかして、あれ? あたしがすごく運が良いって知っているから、だからなにかアイテムがほしいって?」
「ち、違う! 見ず知らずの他人にそんなことをいきなり頼んだりはしない!」
「そう? 別にいいけど。なんでも余っているし」
そう言って彼女がアイテムバッグを開けたときにちらりと見えたのは、滅多に市場に流通することがないようなレア素材の数々であった。
「一度、知らない人に怒られたんだよね。あたしが競売に流すと、世間の価格が崩れるからやめてくれ、って。だからって欲しい人がたくさんいるものを捨てちゃうのは、すごく悪い気がして、ひたすら抱え込んでいるんだよねー……」
「大変だな」
カスガがそう言うと、メリーアンはむすっとしながらも、でも少しだけ口元を緩めた。
「いいんだ、もう慣れたから。なんかあたしだけ別ゲーやっているってよく言われる」
「正直、羨ましいという気持ちはある」
「あたしも最初のうちは楽しかったけどねー……」
「今はどういう気持ちだ?」
「なんか、インタビューされているみたい」
メリーアンはレイピアを抜くと、外で目についた敵に片っ端から攻撃を仕掛けてゆく。
そのほとんどがクリティカルだ。ふたつのダイスを振った出目が、12で固定されているかのような暴虐なる天運。
メリーアンはまさしく運営に愛されている。
「なんか、もう、こんなもんなのかな、って感じだよねー」
「見事なものじゃないか」
その一言が、引き金のようだった。
「べっつにー! あたしの力じゃないし!」
するとメリーアンは肩を怒らせながら、振り向いてきた。
逆鱗に触れてしまったのかもしれない、とカスガは思う。
「あたしもうちょっと普通にゲームが遊びたいの! わかる、この気持ち!? そりゃあたしが言うと『ムカつく』とか『調子乗りやがって』とか『羨ましすぎ死ね』って言われるでしょーけど! でもだってこんなのおかしいでしょ! どう考えてもふつーじゃないの、あたしが一番よく知っているわよ!」
「あ、ああ」
「もうちょっとふつーにプレイしたいって思うのが、そんなに悪いこと!? あたしだって色々考えたんだからね! 絶対にクリティカルが出ない武器を使ったり、あえてフルプレートアーマーにして回避率を下げてみたり! でもだからって、それって手抜きしているってことじゃない!」
こちらにギラリと光るレイピアを突きつけながら、そう叫ぶメリーアン。
「手抜きはだめでしょ! だってみんな本気で攻略したいって思っているんだから! だったらあたしだって全力でやるわよ! どんなボスだって、12人レイドで戦わなきゃいけないボスだって、あたしひとりで八つ裂きにできるんだから! ええいもう、なんなの! 誰が幸運の女神メリーアンよ! ただのモブ全部ぶっ殺すマン&ドロップアイテム向上便利キャラじゃないの!」
「ま、まあまあ」
「ぜえ……ぜえ……」
息を切らせながら、メリーアンはレイピアを鞘に戻した。
それから急に我に返り、頭を下げる。
「……ごめんなさい、あなたに言ってもしょうがないことよね。あ、お詫びにレア素材全部いる? 売ったらこのサーバーの総資産の3分の1ぐらい回収できると思うけど」
「いや、それはいい」
「……そっか」
わずかに残念そうな顔をして、彼女は再び歩き出す。
カスガはそんなメリーアンに声をかけた。
「なあ、良かったら、俺と固定パーティーを組まないか? 悪いようにはしない。だから、一緒に」
「だめよ。そんなことしたら、あなたまでゲームがつまんなくなっちゃうよ」
「いや、俺は」
「どんなアイテムだって一発で取れるようになっちゃうんだからね。そのうち、あたしの貸し借りとか始まったりするんだから。そういうのいやなの。だからあたしは野良パーティーしか組まないことにしているの。じゃーねー」
「メリーアン……」
去ってゆく彼女の後ろ姿につぶやく。
すると、メリーアンは一度だけ振り返ってきた。
「あたしは『運営に愛されすぎた少女』なんかじゃないよ。あたしみたいなのはね、『運営のオモチャ』って言うの!」
憤りとともに叫んだその言葉が、カスガの耳にはいつまでも残っていた。
――『運営のオモチャ』
それはある意味で、間違っていない言葉だったのかもしれない。
なぜなら――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「えっ、ちょ、春日氏! メリーアンちゃんとパーティー組んだの!?」
「マジでー! JKのメリーちゃんと!? 羨ましすぎ!」
「いや、まあ」
ここはVRMMO運営会社である。
その会議室には、主要メンバーである12人が顔を突き合わせていた。
「メリーアンちゃん、すごい萌えるよなあ」
「そうそう、たったひとりで無双する姿、まさしくヴァルキューレ!」
「ラックの数値限界突破だもんね」
「でもいつもひとりで寂しそうにしてて、自分から固定パーティーを解散しようって言ったときのあの顔、マジ脳裏に焼き付きまくり」
「メリーちゃんは僕らのアイドルだよなあ」
「負けん気が強くて、かっこいいよねー」
「こないだも実装したばかりの最強の武器を入手してたし」
「あれサーバーに一本しかないんだぜ? ドロイプ率0・01%だから」
「実質メリーたん専用装備www」
「はー、マジメリーアンちゃんマジ天使。あんな環境で腐らずやっていけるなんて、もうメリーアンちゃんと結婚したい」
「メリーアンちゃん愛してる!」
彼ら11名を眺めながら、開発者のひとりである春日は眉間を揉みほぐす。
かくして。
メリーアンはきょうも『運営に愛されすぎて』いるのであった。
クリスマス企画、これにてすべて終了です!
ハートフルな物語で締めくくることができて、大満足です。
本日はお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
来年もまた、よろしくお願いいたします。
それでは、良いお年を!