第23話 折れた心
保存はこまめに。
草原で魔獣の足止めをしていた倞達は燃え盛る町を唯、茫然と見ていた。
騎士団長は膝を折り、項垂れる。そんな中倞は荷物を纏めだす。
その姿を見た冒険者の一人が、
「お、おい。逃げるのか!?」
と言い出す。その言葉に気が付いたのか他の冒険者も倞を止めようとする。
しかし倞は、
「逃げはしないよ。今から町を襲った奴を叩く。手遅れかもしれないが、少しでも助けられれば御の字だ。――それにこれじゃ依頼失敗になっちまう。少しでも手柄立てた方が良いだろ?」
倞はニコリと笑いリリスと共に町へと駆ける。
他の冒険者もその言葉を聞いてそれぞれ荷物を纏めようとするが、誰かが、
「魔獣発見!数はおよそ50!」
と叫ぶように言う。その言葉に騎士団長は顔を上げる。
「――今我々が行っても足手纏いになるだけだ。ならば此処で迫り来る魔獣を退けた方が良いだろう……。」
騎士団長はゆっくり立ち上がり、
「皆に告ぐ!町の方は彼らに任せ、我々は迫り来る魔獣をこれ以上後ろに通さない事だけに専念しろ!もし此処を通したら、ピョングは……アニメジア連邦は無くなると考えろ!!良いかッ!我々は未来で此処を守り抜いた英雄と見られるか、此処で尻尾を巻いて逃げアニメジア連邦を滅亡へと導いた愚か者になるか、ここで別れるだろうッ!!」
「「「「お、おおおぉぉぉぉぉおおお!!!!!」」」」
「やってやる!俺達がやるんだ!」
「ははは、歴史に名を残せるとか母ちゃん喜ぶだろうな。」
「生まれ故郷に嫁と子供が待っているんだ!ここで死ぬ訳にはいかねぇんだよぉぉぉ!!」
それぞれ、自分を奮い立たせるように叫ぶ。此処から先は倞の様な強力な援軍は期待できない。恐らく、じわじわと消耗させられ死んでいくのであろう。しかし、それでも彼らは立ち向かう。それぞれ守ると決めた物を胸に――。
*
「今回お前の予知夢通りの結果になってきているぞ。大丈夫なのか?」
「まぁ、何とかなるだろ。それにあそこに残っても碌な事が起こら無そうだったし。」
身体強化を使いながら町へと疾走する倞はそんな事を言いながら、頭の中では別の事を考えていた。
――町の方からもそうだが、別働隊の方にも結構ヤバそうな気配がするんだよな……。
と。しかし倞はその事を頭から振り払う。
今から向かう所は一歩間違えれば死に直面するかもしれない場所だ。倞は今一度気を引き締め、大地を蹴る。
*
「ヒック……ママ……、ヒック……ママァ……」
小さい女の子が泣きながら燃え盛るピョングの町を歩く。女の子は自分の母を必死に探すが、見つからない。
それもその筈だ。女の子の母は既にこの世にいないからだ。しかし女の子はそれを知らない。
そんな女の子に、影が伸びる。
「――全く、下等生物はそう泣き喚く事しか出来ないのでしょうかね。」
ハーイ・ハンドは手刀を掲げ、女の子を道端の石を見るかのような目で見る。そして――
「――ギリギリ間に合ったぞおい。」
――倞が現れた。
*
「おや、何なんですか?折角殺そうと思ってたのですが。」
「嫌がらせに決まってんだろ。」
倞は女の子を脇に抱えながら、ハーイ・ハンドから距離をとる。ハーイ・ハンドは額に青筋を浮かべながら、
「嫌がらせ……?ほう、そんな事で私の楽しみを邪魔するのですか……。ならば――。」
瞬間、声は倞の背後から聞こえる。
「――死ねば良い。」
振り払われる手刀。ハーイ・ハンドは確実に獲ったと思った。だが、
「――うおッ!?ギリギリだったぞ!?」
「――何故まだ生きているんだ?私が殺そうとしたのに何故まだ生きているんだ!?」
ハーイ・ハンドは激怒する。今まで、自分が決めた事は必ず達成されていたがここに来て二度も邪魔されたのだ。彼の歪んだプライドが許す筈が無かった。
その時、リリスが遅れて到着する。
「大丈夫か!」
「何とか初撃は免れたが……。これはキツイぞ。」
「なら、逃げ――」
「――それは無理だな。現にアイツ切れてるっぽいし。だから、この子を外まで連れて行ってくれないか?流石にこれ以上はこの子を抱えて避けれる自信が無い。」
と言うと倞は女の子をリリスに預ける。
「だが、そうしたらお前はッ!」
リリスは振り向くとそこには手刀を振り下ろしているハーイ・ハンドの姿があった。倞は身体強化で何とか間に入り込みハーイ・ハンドの前腕を掴み――
「うりゃッ!」
――振り下ろす力を使い地面へと叩きつけた。
「グハッ!?」
「なっ!?」
ハーイ・ハンドは予想もしなかった攻撃に息を詰まらせる。
「今の内に行け!」
「あ、あぁ、分かった。――絶対に死ぬなよ。」
リリスはそう言うと女の子を抱え町の外に向かって走って行った。
倞はその後ろ姿を見てからハーイ・ハンドに視線を向ける。
「今のでくたばってくれれば――」
「――よくも……よくもよくもよくもよくもぉぉぉ!!!!」
「――よかったなぁ……。」
ハーイ・ハンドは起き上がり倞の姿を見つける。そして、
「許さん……許さんぞぉぉぉ!!!!」
「あれ?こいつさっきまで知的キャラみたいな喋り方してたはず――うおッ!?」
膝を折り後ろに崩れるようにハーイ・ハンドの攻撃を躱すと同時に右足を振り上げ腹部を攻撃する。
しかし、倞の表情は芳しくない。
――コイツ腹に何か仕込んでるのか!?
蹴った右足がジンジンする感覚に見舞われる。自分の得物のショートソードを構え距離をとる。そして、
「『ファイヤーボール』!」
魔法を唱え牽制する。ハーイ・ハンドは余裕をもって躱す。倞は当たるとは思っていなかったが、流石にあそこまで余裕をもって躱されるとは思っておらず驚愕する。
「そんな物では当てる事は出来ませんよ!」
「(口調が戻った?)――そうか、それなら!」
今度は「雷」「弾丸」「追跡」を魔方陣に書き込む。そこから放たれる魔法は――
「『サンダーバレット』!」
発動と同時に、ハーイ・ハンドに向かって『ファイヤーボール』を超える速さで突き進む。
ハーイ・ハンドはそれすら余裕で躱す。倞はそんなハーイ・ハンドを見て、口元が歪む。ハーイ・ハンドは倞の表情に訝しむが、直後今までにない速さで横にずれる。直前までハーイ・ハンドのいた場所に『サンダーバレット』が通過する。
「ッ!追跡弾ですか!」
ハーイ・ハンドは再び正面から迫ってくる『サンダーバレット』を手刀で叩き落とす。
『サンダーバレット』はいとも簡単に地面に叩きつけられる。
「こんな物では私を倒す事なんて出来ませんよ!」
「チッ!」
『サンダーバレット』は倞の奥の手の一つだった。この世界の魔法に「追跡」と言う文字は存在しなく、こういう現象には反応できないと読んでいたからだ。しかし、ハーイ・ハンドは追跡に反応していた。それはハーイ・ハンドには通用しないと言う事だ。それに、「追跡」を付与すると魔法の速度、威力が少なからず減少する。
不意打ちが効かないとなると後は真っ向勝負位しか打つ手が無い。しかし、真っ向勝負ともなれば確実に避けられ倞の首は胴からお別れしてしまうだろう――
――お別れ?
この時倞は今までハーイ・ハンドが仕掛けて来た攻撃を全て思い出す。
――女の子を殺そうとした時、首を狙っていた。
――リリスを殺そうとした時も首を狙っていた。
――そしてさっきも首を狙っていた。
まだ三回しか見ていないが、全て首狙いであった。偶然か、それとも余裕の表れなのか……。
分からない。だが、倞はそれらを踏まえ、一つの賭けに出る。
ショートソードを構え、魔方陣を二つ展開し、片方に文字を書き込む。
「『ファイヤーボールrve.2』!」
『ファイヤーボール』より小粒な火の玉が拡散しながらハーイ・ハンドへと向かっていく。
「火」「球」「拡散」――これらの文字が書き込まれた事により発動する魔法は、さながら炎の拡散弾とも言えた。
そしてこの魔法、点での攻撃では無く面での攻撃――つまり狙う物ではなく、唯ぶっ放すだけで相手から被弾して行くと言う物だ。射程、威力等を削ったこの魔法は、連射力、そして圧倒的なまでの魔力変換効率により、普通では考えられないような制圧力を誇る。
しかしハーイ・ハンドはそんな攻撃をも余裕をもって避ける。直後、首筋がゾクリとする。ハーイ・ハンドの気配が右にあった為、一旦左に避けようとするが、本能的にショートソードを左側に振るう。刹那、金属同士がぶつかり合う音が辺りに鳴り響く。
「まさか、この攻撃も見破って来るとは、中々やりますね。」
ハーイ・ハンドは余裕そうな声で話すが、倞は今生きている事が不思議だった。間違い無く殺されている筈だったのにと。
それと同時に倞は久しく感じていなかった恐怖を感じていた。それも生易しい物では無い。『死』と言う名の恐怖だ。今までの態度、表情、その全てが今ここで崩れ去る。後に残っている物は、ただ恐怖に震える子供だけだ。
――怖い、怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいコワイ。
たった一撃が倞の心を折った。膝を折り、成す術も無く座り込む。手にしていたショートソードを落とし、両腕は力無く垂れ下がる。
ハーイ・ハンドは倞のその姿を見て一瞬でも興味を持ちかけた事を後悔する。だが、自分をここまで昂らせた倞をハーイ・ハンドは己の流儀に従い手刀を振り上げる。
そして――
今回はマジで心折れかけた。




