第1話 入学
ここは地図に載っていない、孤立した魔法の国。その国の中にある魔法学校「ウィザード・カントリー」。そこに足を踏み入れる、一人の少年が居た。
彼の名前はキナミ・ササナギ。黒いサラサラの髪、黒い吸い込まれそうな瞳は、はっきりと日本人を主張しているようにも思える。黒いコートに少し大きめのショルダーバッグ鞄を背負い、軽い足取りで校内の門で止まる。
目を瞑り、大きく息を吐く。そして、校内に入る。
「ウィザード・カントリー」の歴史は古く、創立三百年近くある。古い歴史にも関わらず、校内は新築 綺麗だが、歴史を感じさせる所も多々ある。校長のラウグーンは嘗て偉大なる魔法使いの一人だった。今は学校の校長をやっているが、その実力は本物。
偉大なる魔法使いが校長をやっているだけあって、入学者が殺到。しかし入学するには、魔法を使えるか、剣術を習っている者でなければならない。そのため入学するのは、希望者の三分の一以下。そんな入学するのがやっとな学校に、この青年は入学できるのだろうか―――。
✛✛✛✛
ここは校内のロビー。今は休み時間だったらしく、生徒が何人も休んでいた。そんな制服だらけの中に、一人だけ黒いコートを着たキナミがいるため、生徒はざわついている。「あの人誰?」「新入生かな…」「違うだろ。見るからに普通の人間だ」「でも学校に入ってきてるし…」「先生呼んでこようか?」「やめてよ、大騒ぎになるじゃない」と、様々な声が聞こえる中、キナミが大声で叫んだ。
「学校の、偉い奴はいないか」
その一言でさらにざわめいた。すると階段の方から早足で下りてくる人影が見えた。
「私が教頭のナトルだ。要件はなんだ?」
ざわめきがぴたりと止まる。キナミが口を開く。
「この学校に、入学させてほしい」
またざわめきが始まる。
ナトルがにやりと口角を上げた。
「――――ほう。では二つ聞こう。君、魔法を使ったことは?」
「ほとんどありません」
「剣術を習ったことは?」
「やったことは全くありません」
ざわめきが酷くなる。
「残念だが、君はこの学校に入学できない」
「そんなことやってみなければ分かりませんよ?」
キナミははにかんで、まっすぐナトルを見た。ナトルは苦々しげに顔を顰める。
「面白ぇ。俺が相手してあげようか?」
不意に声がした。後ろを振り返るとそこには意地の悪そうな長身の男が立っている。
「ザング。…お前は引っ込んでろ」
「いいじゃねえか。やってみないと分かんねえって言ったのは、こいつだぞ?」
「しかし、」
「任せとけって」
ザングという男がキナミに向かってきた。そして、大きめの両手剣をキナミに投げる。
「そいつで俺の刀を俺の手から落としたらお前の勝ちだ」
キナミは武器を拾う。少し振ってみせる。すると、うん、と頷いて構えた。
「いいぜ。その勝負、買った」
ふん、と鼻を鳴らしてザングが刀を抜いた。
「どっから来たか分かんねえ奴に、俺の剣は落とさせねえ、っての!」
その声と共に、両者が走る。
ザングはキナミに向かって刀を振り下ろした。が、キナミの方が早かった。
「なっ!?」
キナミはザングの刀を避けると、ザングに向かって素早く走りだした。足を踏ん張り、高く飛ぶ。一回転してからザングに向かって剣を振り下ろす。
「はぁああああぁあ!」
「甘い、甘いぞ!」
ザングの刀とキナミの剣が激しくぶつかり合って、摩擦で火花が飛び散る。
その光景に周囲も息をのむ。
「ちっ、手こずらせやがって、雑魚がぁああ!!」
ザングが激しく刀を振る。その衝撃でキナミの頬が切れた。血が滴り落ちる。そんな事は気に障らなかった。
―――今、こいつの手から刀を落とさなければ。
―――俺は、この学校に入学できない。
キナミはその場で立ち尽くした。目を閉じて、その時を待つ。
相手の隙が見える、その時まで。
「なんだ?もう終わりか?」
ザングが刀を降ろした。
―――今だ。
キナミは目を見開き、剣を持ち直し、ザングに向かって一直線に走る。
隙を突かれたザングは、慌てて刀を構えなおす。
既に遅かった。ザングは既に負けていた。
時間が止まったように思えた。何も聞こえなかった。
「お前の負けだ、ザング」
その声と共にまた時間が動き出した。キナミがザングの手元に剣を振り下ろす。
ザングの刀が手から床に飛ばされて、耳を劈くような金属音が聞こえた。
その金属音がロビーに響き渡ると共に、大きな歓声で溢れ返った。
周りの声を聞く限り、ザングは学校でトップテンに入っている優秀な剣術者だそうだ。そんな強敵を、いとも簡単に倒したキナミは申し訳なくなった。
キナミはその場に倒れこんでいるザングに駆け寄った。
「俺の勝ちを認めるか、ザング」
「…しょうがねえ、認めてやっから。だけど」
ザングは下からキナミを見上げた。
「次戦うときは、お前をぶっ倒すからな」
少しびっくりして、キナミは微笑んだ。
「楽しみにしてるよ。その時をね」
これからこいつは、俺のライバルになるのかもしれないな、とキナミは少し楽しげに考えた。学校生活の楽しみが一つ増えた気がした。
そして、ナトルに向き直る。
「俺が勝ったぜ、どうする?」
「馬鹿を言うな!ザングに勝ったくらいでお前を入学させるわけには―――」
「まあまあ。ムキなさんな、ナトル教頭」
背後から優しそうな声が耳に入った。
「ラウグーン校長……!」
―――この人がラウグーン校長…。
キナミは息を呑んだ。
身長は二メートル以上あるだろうと思われる。すごく大柄だ。真っ白なひげを生やし、リアルサンタクロースみたいだ。大きな魔法使いがよくかぶる帽子をかぶり、神父さんみたいな服を着ている。
「君、名前は?」
ラウグーン校長が優しく問いかけた。
「キナミ・ササナギ、です」
「ほう、キナミ君は日本人だね?」
「え、ええ、まあ」
何なんだこのやりとり、と思いながらも、顔に出さないように頑張った。
「気に入った!今日から君はこの学校の生徒だ」
「なっ、何言ってるんですか校長!この訳の分からない日本人を…!」
ナトルが大声で校長を止めようとした。
「私が決めたんだ。誰も異論はないだろう」
ぐっ、と息を詰まらせる。もう何も言えないだろう。
「キナミ君。さっきの剣術は実に素晴らしかった。そうだ、キナミ君に入学祝をやろう」
「入学祝、ですか…?」
すると校長は、人差指でひょい、ひょいと軽く動かしてどこからか古びた黒い杖を持ってきた。
「これ、キナミ君にぴったりだと思うんだ」
「これが、ですか?」
このボロい杖が?と半信半疑だったキナミだが―――。
「その杖に力を込めてごらん。自分の全身の力を」
全身の、力―――。
とりあえずありったけの力を込めてみた。
すると、杖が光りだした。
それと同時に強風が吹き始め、あたり一面が真っ暗になった。闇に包まれたように暗く、全て呑みこまれそうな勢いだ。
校長はにこにこしながら頷いていた。キナミは訳が分からない。
今度は杖が変形し始めて、大きな両手剣に変わった。
その両手剣はキナミの手のサイズぴったりで、すごく戦いやすそうだった。
不意に闇は解け、見慣れたロビーが視界に入った。
「それが君の武器、闇の支配者だよ」
「闇の支配者…」
ラウグーン校長が入学祝を送るのは早々珍しくはないようだが、こうして自分にぴったりの杖は滅多に送らないのだそう。俺だけ特別でいいのだろうか、と戸惑ったが、手放したくなかったので貰う事にした。
「ありがとうございます。なんか、俺だけ」
ラウグーン校長は、うむ、と頷いた。すると、そうそう、と思い出したようにラウグーン校長が付け足した。
「君の属性は『闇』だ。いくら自分の属性だからって、闇に囚われてはいけないよ。闇と手を結ぶと、光が見えなくなる。だけど」
まっすぐとキナミを見つめて。
「君のすぐ傍に、光があることを忘れないでほしい」
今はその意味は分からなかった。しかし、その言葉を後で思い知ることになる。
それをまだ、キナミは知らない。
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