家に帰ろう
即興で書きました。良かったら感想お願いします。
携帯電話の電源を切って自転車を漕ぎ出した。
あのタバコ屋さんの角を曲がればすぐに大通りにでることができる。僕は自転車から立ち上がって思いっきり足に力を入れて漕いだ。
――十七年間生まれ育った町を僕は今日出ることにするよ。
家の玄関に小さいメモ用紙にそう書き置きして家を出てきた。お父さんとお母さんがそれを見てどんな反応を見せるだろうか。あわてて警察に連絡するかもしれないし、もしかしたら、めんどくさいやつがいなくなった、と思って喜ぶのかもしれない。どっちでもいい。僕はもうあの家には帰らないのだから。
大通りに出てすぐにギアを一段階重くした。スピードに乗りたいからだ。
雨が上がったら出て行こう、とずっと考えていた。それまで、ここ一週間ずっと雨が降り通しだった。昨日の深夜の大雨のあと、今日の朝はカラッと音が聞こえてきそうなほど晴れた。今朝のニュースでは、ようやく春の訪れを感じさせる気温になる、と言っていた。
だから、今日が丁度良かった。朝、そのニュースを聞いた瞬間から僕の心の中はそわそわし始めていたし、学校では授業を聞いているところではなかった。早く帰って早くこの町から出ていきたかった。
僕はこの町が死ぬほど嫌いだ。これ以上ここにいると、必ず頭がおかしくなってしまうだろうし、その内、家族全員殺して警察に捕まっていたかもしれない。
へへへ、と笑ったあと、自分が警察に捕まっている姿を想像して無性に寂しくなってきた。
少しだけ汗ばんできたころで、腕時計を見て時刻を確認した。
まだ弟が中学の部活から帰ってくる時間でもないし、お母さんがパートから帰ってくる時間でもない。僕の失踪がバレるまでもう少しだけ時間がかかるかもしれない。
そうだ、その前にこの町を見渡しておこう。最後にこの町を一望して大げさに笑い飛ばしてやろう。そうすれば、この町もイヤな思い出ばかりではなくなるはずだ。
そう考えて自転車を止めて、Uターンした。
自転車を山の麓のコンビニの前に止めて歩き始めた。車道があるので自転車でいけないこともないが、この町を見渡せることができる場所は、獣道に入らなければいけないのだ。
獣道に入り、草木を掻き分けて進んだ。
もう時間的には、弟もお母さんも家に帰ってきてるころだ。大騒ぎしているころだろうか、それとも……、とその先を考えようとしたら心の中がざらり、と音を立てた。考えるのはやめよう。
弟。あいつは、頭がいい。僕には到底解けそうにもない方程式を解くことができるし、テレビのクイズ番組もパネラーよりも先に答えて「こんな問題もすぐに解けないのかよ」と冷ややかに笑う。
兄貴としては、それが誇らしくもあり、また寂しくもある。そして、お母さんがそんな弟を僕よりも可愛い、と思っていることが悲しい。
お母さんは、弟と僕をすぐに比べたがる。主に僕を落ちこぼれとして。僕が五歳のころに乗ることができなかった自転車を弟は四歳で乗ることができた。「お兄ちゃんは四歳で乗れなかったのよ」と弟を褒めちぎっていた。
今思えば、あのころから、僕は家族で邪魔者だったのかもしれない。国立大学を出て現役で弁護士になったお父さんは、地元で一番の頭の悪い高校に入った僕をすでに見限っているだろう。すでに弟に期待を寄せているため、晩御飯を食べるときに食卓に座ると、弟ばかり学校の勉強の話を振っている。
邪魔者は邪魔者らしく、最後まで迷惑をかけていなくなることになる。それでも、最後の迷惑だ。それで僕のことを一生覚えていてくれるならそれでいい。
獣道を掻き分けて、切り立った崖の上に出た。
すでに、太陽は夕日へと変わっていて、不覚にも綺麗だ、と思ってしまった。
目を細めて町を見下ろした。
弟が通っている中学が見えるし、よくお母さんが買い物に行くスーパーも見える。あっ、あそこで五歳のころに自転車の練習したっけ、と川原のほうを指差した。
最後に見る町は夕日のお陰で綺麗に見えた。いい思い出になりそうだ。それでいい。
そう思った瞬間、背後から草木を掻き分ける音がした。やばい、誰かに見つかったらめんどうだ、と思ったけど隠れる場所がない。
焦っていると音の主が僕の前に現れた。
弟だった。
弟は、僕を見つけた瞬間、軽く笑って、「やっぱりここにいた」と言った。
僕はどうしていいのかわからずに、また町を見下ろした。そういえば、弟と二人っきりになるのなんて久しぶりなのかもしれない。そう思うと急に居心地が悪くなってきた。
「もう、兄貴がいなくなってお袋が大変なんだよ」
そう言いながら弟は僕の隣に来て一緒に町を見下ろした。
弟はもうお母さんのことをお袋と呼んでいるのか、僕はまだお母さんって呼んでいるのに。弟は僕よりも頭も良くて要領よくなんでもできる、大人になるのも僕よりも早いのだろう。
「いつも、お袋に心配かけてるんだから、あんまりかけるなよ」
嘘だ、お母さんが僕のことを心配しているだんなんて、絶対に嘘だ。そんなことあんまり信じられない。
「兄貴ケータイの電源切ってるだろ?」
弟にそう言われて急いで携帯電話の電源を入れてみた。メールを受信してみると、何十件もメールが来ていた。そのほとんどがお母さんからのメールで、数件が弟で、一件だけお父さんからメールが来ていた。
少しだけ、いや、かなり嬉しい気持ちが心の中に生まれてくる。暖かいものが頬を伝ってくる。なんだよ、オレ愛されてるじゃん、と泣きながら笑ってみた。
弟はそんな僕を見てバーカ、と笑った。
「じゃあ、兄貴、帰ろうか」
そう言って弟は僕のほうに手を差し出してきた。
あっ、今思い出したことがある。自転車の練習を弟としているときのことだ。僕が転んだとき手を差し出してくれたのは弟だ。なんでも要領よくできる弟が僕を助けてくれたのだ。今回もまた弟が僕のこと助けてくれるみたいだ。
「うん、家に帰ろう」
僕はそう言って弟が差し出してきた手を握った。
これからも嫌なことをいっぱいあるかもしれない。そのたびに弟が助けてくれるかもしれない。人がそれを見て恥ずかしいやつ、と笑うかもしれないがそれでもいい。
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