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9話 もうお前ら付き合えよ

「……で、なんでこうなるんだ」


 四限が終わった昼休み。

 肌寒い中、グラウンドで真剣に遊ぶ生徒たちの姿を横目に、俺は廊下を歩いていた。心の中で愚痴を吐きながら。


 いつもなら母さんが作った弁当にありついているはずだというのに。

 まだ開かれることなく俺の右手に収まっているこれを食べる場所から探さなくてはならない理由となったのは、言わずもがな風松だ。


 どういうわけか機嫌が微妙に悪いナツキといつものように昼食を取ろうとしていたら、急に入ってきた美少女が、周囲の視線を気にすることなくデカい声で言ったのだ。


「陽佐さん一緒に食べよっ! あっ、花野君は……一旦どっか行ってて」


 あいつは多分昨日のことをあらかた忘れてしまったのだと思う。

 ナツキもナツキで変だ。


「アキ、今日は別々」


 いつも一緒に食べようとしてくるのはお前でしょうが……!

 なんで俺がお前と食べたくてしょうがないみたいな感じにしてるんだよ。


「結局追い出されたし」


 そりゃため息の一つや二つくらい出るだろう。

 一緒に弁当食べるような友達もいないので、一人で適当に過ごせる場所を見つけるしかないのだが、如何せんこの高校は人が多い。どこへ行ったって誰かしらいる。


 もういっそ立ち食いでもしてやろうかとも思ったが、流石にやめた。

 なんで俺のこと振り回してくる女子二人に屈して奇行に走らないといけないんだ。


「便所飯……は、さすがに嫌だな」


 変なことを考えながら歩いていると、廊下の曲がり角から出てきた誰かとぶつかった。


「うぉ……悪い、大丈夫か?」


 寸でのところで体勢を立て直す。弁当も無事だ。


「こっちこそごめん、怪我はない?」


 目の前に現れたのは、爽やかイケメンだった。

 名前がパッと浮かんでくる。何せ今となっては俺を苦しませている原因の一端と言っていい。


「安藤……凛空」


「え、うん、そうだけど……なんでフルネーム?」


 男にしては長めの黒髪は、別にヘアセットしてるわけじゃなさそうなのに妙に堂に入っていた。

 爽やかな雰囲気と、若干垂れた目尻は優男のそれ。

 身長も随分高い。俺より高いし、多分ナツキと同じくらいだ。


 多分同学年に聞いたら、十人が十人、イケメンって答えるような顔面偏差値の高さを持った男が、困ったように目元を下げていた。


「いや、話したことなかったから……ちょっと緊張しただけ」


「俺別に有名人じゃないけど?」


 有名人だよお前は。自己評価どうなってんだ周り見ろ。

 なんか女子が色めきだってるから。今にもキャーキャー言い出しそうな勢いでしょうが。


「ん? 後ろに何かあるの?」


 振り向こうとした安藤の気配を感じ取った女子たちは逃げていった。

 何かしらの達人かな?


「気のせいだったわ」


「そう? えぇとそれで……あっ。君、確か花野君だよね?」


「え、あぁ、うん。そうだけど」


 俺こいつに知られてたの?

 一方的に俺が知ってるだけだと思ってたぞ。クラスも違うし。


 思わずどもったのは置いておいて、安藤の目は俺が花野だと分かると途端に輝き出した。

 なんだろう、嫌な予感がする。


「ちょっと話があるんだ。場所移さない?」


「あの、ちょっ」


「あっ、お昼食べた? 聞いてもらうんだし、何か俺買ってくるよ」


「……いや、別にいい。弁当あるし」


「そう? なら、あんまり人がいないところまで行こうよ」


 この感じ、覚えがある。風松だ。

 有無を言わさない雰囲気が特に。成程、似た者同士かこいつら。


「……分かったよ」


 抵抗が無駄だと悟った俺は、丁度そういう場所を探してたのもあって安藤についていくことにした。


 無駄に広い校舎を迷いなく歩く安藤が足を止めたのは、五階のとある教室だった。


「……美術部」


「そう、俺一人だけの部活」


「一人? 他に人いないのか?」


 安藤が所属してるなら同級生なんてがっぽり来そうなものだが。

 それに先輩も含めていないとか、どういう状態なんだ。存続してなくないか?


「美術の先生、会ったことある?」


「ない。授業は選択だったし」


「一言で表すなら、すごく厳しい人なんだ。お陰で遊びで入ってきた人は軒並み弾かれちゃって、俺しか残らなかったんだ」


「先輩方は?」


「それが……先生が厳しすぎて退部」


 本当にどういう部活だ。


「俺もしごかれたんだけど、やりたいことがあって耐えてたらいつの間にか信頼されちゃって。美術室の合鍵渡されてるんだ。だからほら、いつでも入れる」


「な……る、ほど」


 学校の合鍵とか聞いたことないんだけど俺。

 それ、ややもすれば犯罪なんじゃ……。


 けど、ここまで来て引き下がることもできない。

 そんなことをわざわざ教えてくれたってことは、安藤にとってそれなりに重要な話ってことだ。

 なんでそんな話を俺にするんでしょうね。


「さ、どうぞ」


 内心ボヤく俺を尻目に、鍵を開けた安藤が扉を開ける。


 促されるがままに中に入って感じたのは油っぽい匂いだった。

 次いで見えるのは石膏。誰かも分からない外人の顔と目が合う。

 台に置かれたキャンバスと何個か並んだ椅子。適当に揃えられた小物。


 美術室らしい内装に感心しつつ、俺はふと思った。


「今更だけど、俺入っていいのか?」


「先生が来ること心配してるなら問題ないよ。あの人、美術の授業がある時か部活の時間しか学校にいないから。たまに来ない時もある」


 よくそれで曲がりなりにも教師できてるな、その人。

 俺の中で着実に、美術の先生の傍若無人なイメージが出来上がっていく。


「とりあえず座って」


「お、お邪魔します」


 万が一にも俺がここにいた痕跡を残すことがないようにしようと思いながら座る。


「あー、なんていうか……話っていうのは、その……あっ、お昼! 食べながらでいいよ!」


「あぁ……どうも」


 露骨に話し始めるのを伸ばそうとした安藤に、嫌な予感を加速させつつ俺はお言葉に甘えて弁当に手を付けることにした。

 今日は昨日の残りの生姜焼きとブロッコリー、きんぴらごぼうのようだ。


 いただきます。


「それで、その……俺が話したいことって言う、のは……幼馴染の、ことで」


 うわぁ、冷めても生姜焼きって美味いんだなぁ。


 ……現実逃避してる場合じゃないか。

 最悪だ、悪い予感が当たった。

 口の中で強烈に主張する肉の旨味を凌駕する勢いで、俺は今多分苦い顔をしている。


 いつかのどこかの誰かさんと同じように、安藤は俯いて自分とだけ対話をするように話し始めた。

 先ほどまでの補足付きの分かりやすい話し方はどこへやら。


「知ってるかもしれないけど、俺、幼馴染がいて……昨日、急に呼び出されて……さ。その、告白……されたんだ」


 駄目だ、味がしない。

 一旦弁当置こう。


「で、俺……断っちゃって。その後、どうしたら良いか、分からなくて」


 飲み物買ってもらえばよかった、生姜焼きが呑み込めない。


「俺……俺さ、あの時勢いであんなこと言っちゃったけど、幼馴染のこと大好きなんだ……。ど、どうしたらいいと、思う?」


「……ちょっと待ってもらっていいか。喉につまった」


 全然嘘なんだけど俺に時間をください。


「あっ、ごめん。急にこんなこと話されても困る、よね……」


 そう言って、申し訳なさそうに目を伏せる安藤。

 俺はそんな爽やかイケメンに心の中で叫んだ。


 その通りだよ! 俺にそんな相談してくるなよ!


「……ちなみに、なんで俺?」


「そ、れは……花野君って、陽佐さんと付き合ってるでしょ? 幼馴染で。だから、何か、参考になるようなアドバイスがないかな……って」


 もうお前ら付き合えよ。

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