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5話 人の話は真面目に聞いてよっ!

「お父さんが北欧の人なの。四歳までそっちで過ごして、五歳からこっちに来たのね」


 風松は思い出すように、缶を握りながらポツポツ話し出す。


「日本語はお母さんが話してたから何となく分かったんだけど、それでも言葉が通じない場所に急に来るのは本当に怖くて……だから、ちっちゃい時は引っ込み思案だったの」


 俯いて俺と目を合わせない。

 自分の内側にあるものを吐き出してしまいたいだけなんだろう。


「そんな私にいつも話しかけてくれたのが、リクだったんだ。全然上手くない英語で、必死に話してて、おかしくて私、笑っちゃって。それで、仲良くなれたんだ」


 ふーん、そうなのか。それは良かった。


「で、仲良くなってから気付いたんだけど、家がお隣でね! 学校でも話しかけられたから近くには住んでるんだろうなって思ってたんだけど、まさかこんなに近くだったなんて思いもしなかったの!」


 へー、それは凄い偶然だ。


「いつの間にか、リクと私はいっつも一緒にいるようになって。いっぱい話せるように日本語も練習して。……ちょっとずつ、男の子として意識するようになったの。笑ってるところカッコいいなとか、手握ってくれるの優しいなとか。そういうのがね、ちょっとずつ積み重なっていったの」


 それはとてもロマンチックだ。聞いてて胸焼けしてくるレベル。


「……オシャレとか、気を遣うようになったの。可愛い服、前より真剣に探すようになったし。外にお出かけする時は、お母さんに借りて香水とかつけてみたりしてさ。リクに女の子として見てもらえるように頑張ったんだ」


 ……この問題どうやって解くんだったかな。


「でもね、リクってそういうの全然気付いてくれないの。『可愛い?』って聞いても、『うん』とか『良いと思う』とか……私が欲しい言葉は言ってくれないの」


 思い出せない。そういえばあの時丁度別の問題解いちゃってたんだよな。


「それでもね、良かったんだ。私の『好き』が、少しでも伝わってたらそれで。だって、好きな人に好きって伝えると、こんなに胸があったかくなるの。幸せってこういうこと言うんだな、ってそう思った。この人となら、私幸せになれるって思った」


 問題集の解説にならその辺のこと載ってるか。……カバンに入れてたっけな。


「……けど、違ったみたい。リクは、そんなこと思ってなかったみたい。高校に入ってからも、隣にはいてくれるけど、私のことあんまり見てくれてない気がした。頑張ってオシャレしても、髪整えてもらっても、お化粧頑張っても、何も言ってくれないし、気付いてくれない時もある。なんか、私だけ頑張ってるのが、ちょっとだけ辛くなっちゃったんだ」


 ……ない。ってことはロッカーか。多分夏休み中に突っ込んだな、過去の俺は。


「だからね、今日聞いてみたの。『私のことどう思ってる?』って。そしたらなんて言ったと思う? 『ただの幼馴染だよ』って。……私、ホントにバカみたいじゃん。しかも、しかもさ! 目も合わせてくれないんだよ? ちゃんと私のこと見て話してもくれないんだよ!? ……だから、言っちゃった。好きって、大好きって……そしたら、そしたら……『俺、そういうの面倒臭いんだよ今!』って……私……わたじ、どうじだらよがっだの?」


 仕方ない、取りに行くか。


「そうなんだ、大変だったんだな」


 一言フォローだけして、俺は席から立ち上がった。

 まだプルタブが空いていない缶が俺の頭部を襲った。


 ごちん。嫌な音がする。


「……何するんだよ?」


 結構痛かったんだが。


「人の話は真面目に聞いてよっ!」


 目元にはもうどのくらい流したのか分からないくらいの涙。

 垂れてくる鼻水をすんと鼻の奥に引き戻して、真っ赤になった顔で叫ぶ風松。


 理不尽だ。

 俺なんかが受け止め切れなさそうな重さの話を持ってこられても、俺は聞き流す以外に選択肢がない。


「……そういうつもりで渡したんじゃないんだが」


「そういう態度良くない!」


「どういう態度だ……」


 風松の抗議に納得できない気持ちを抱えつつ、痛む頭を押さえて転がった缶を拾い上げた。

 どうやら泣いている女の子にコンポタとブドウジュースを奢った代償は、身の上話を真剣に聞くことだったようだ。


「……幼馴染との恋愛ねぇ」


 ぶっちゃけ、その手の話だと確信した瞬間に興味が完全に削がれたくらいには、俺はそのジャンルが嫌いである。


「俺に話すのは間違ってると思うけどな」


 そういうのは経験豊富で、尚且つ害意のなさそうな同性の友達とかにするといいと思う。間違っても異性に相談することではない。


「……どうすればよかったのか、か」


「……男の子としては、どうしてほしいのかな? って」


「俺が分かるわけないだろそんなの……安藤に聞けよ」


「気まずいじゃん」


 まぁ、そうだろうな。気まずいだろうな、俺には知ったこっちゃないんだが。


 ため息混じりに開いていた教科書を閉じる。

 適当なこと言って、適当に満足してもらうとしよう。悩み相談は大抵、本人の中では答えが出てるものだ。


「参考にするかしないかは自由だし、信じても信じなくてもいいが。些細な変化って、近くにいるほど感じにくいものじゃないか?」


「……どーゆーことだー」


「睨むなって。さっき風松が言ってたので考えると、髪整えるとかか? とはいえ、バッサリ髪型を変えたとか、短くしたとか、そういうのなら安藤だって気付くだろ?」


「多分」


「でも、整えたってことは現状維持だろ? 少なくとも、男の俺はそう思う。で、実際風松がそうなってたとして気付かないと思う。風松が可愛いと思う風松をキープしても、安藤にはいつもと変わらない風松が映るだけだろ。二人はいつも顔見合わせてたわけだし」


 成長期の子どもが毎日何ミリ伸びてるのか把握してる親なんて早々いないと思う。

 要はそういう話だ、俺が言いたいのは。


「で、でもさ!」


 食い下がる風松。


「服は? 服だったら一目見て分かるじゃん!」


「……お前が安藤にやってほしかったのって、可愛い服見た感想に可愛いって言ってもらうことじゃないのか? まぁ、いいけど。どんだけ鈍くても服が違うことくらい誰でも分かるだろ」


 微妙に色合いが違うとか、デザインが違うとか。

 そういう部分に気付いてくれなかったという話なら別だが。


 だとしたら、求めすぎではないかと思う。

 安藤がどの程度オシャレに興味があるのかなんて知らないが、そういうのに興味がない俺には多分大体のデザインと色味が一緒ならパッと見では全部同じに見える。


「…………」


 黙ってしまった風松にそんなことを言えるわけもなく。

 何とか言葉を探した俺は、絞り出すように全力のフォローを言う。


「まぁ、あれだ。こっちが色々してやってるのに、それに対する言葉とか反応とかが何もないことへの苛立ちみたいなのは分かる」


「花野君」


「え、はい」


「気を遣ってくれてありがとう。……でも、これ以上優しくしなくていいよ」


 本当か?

 なら荷物持って別の場所行くんだけど――


「今思ってるホントのこと、言ってくれないかな?」


「……あぁ、そっちね」


「……もしかして、どこかに逃げる気だった?」


「いやそんなことないぞ」


 女の勘恐るべし。

 これ以上墓穴を掘らないうちに話を戻そう。


 けど、その前に一個。


「でも、なんで俺なんだ? 飲み物奢ったことなら気にしなくていいんだけど」


 放置してたことに対する俺の勝手な罪悪感だし。


 しかし、首を横に振る風松。

 面と向かって否定されるとちょっと嫌だな、これ。


「ううん、花野君に聞きたいの。……だって花野君、陽佐さんと――幼馴染と、付き合ってるでしょ?」


「俺、別に付き合ってないぞ。まだ残ってたのかその根も葉もない噂、否定し切ったと思ってたんだけどな」


「……え?」


 風松の口から魂が抜けた。

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