2話 重ねて言おう
陽佐 夏妃。
生まれつきの橙色の明るい髪と整った顔立ち。
身長が高くて、頭が良くて、運動ができて。
天が二物か三物か、もしくはもっといっぱい与えた代わりに、名前に入った『夏』という季節にめっぽう弱い暑がりの上に面倒臭がり、その他幾つかの欠点を引っ付けられた少女。
そして、そんな陽佐家のお隣に居を構えるのが何を隠そうこの俺――花野 秋である。
お陰で基本セット扱いだし、何かと比べられるし。ナツキと一緒で良かったと思ったことはほとんどない。
それどころか、悪いこと続きだ。
その最たる例が、今俺に起こっていること。
事の発端は、ナツキの両親(二人揃って学者らしい)が突如として海外へ研究しに出張することが電撃決定したこと。
当然ナツキは海外に行くアクティブ精神を持ち合わせてはいないので、日本に残ることを断固主張。色々できる割に生活力は壊滅的の癖して。
そこで白羽の矢が立った……というより、名乗りを挙げたのが仲の良かった我が家である。
『ナツキちゃんの面倒はうちで見ますよ!』
『本人が残りたいというのなら協力しますとも』
『『そうだろ/そうでしょ、アキ?』』
……まあ、頷くしかなかった。
これが俺の両親からだけであれば何とでもなったが、あちらのご両親まで乗り気なもんで手の施しようがない。とはいえ、うちに比べれば随分良心的ではあったが。
と、そういう風にとんとん拍子で話は進み。
三食は基本うちが提供。食費はあちらの家庭が負担。
その他生活に関することも全面的に協力する。
そして、一番の懸念でもあった朝の弱さと方向音痴から来る遅刻の心配を丸ごとなすりつけられ……もとい託されたのが幼馴染の俺だったというわけだ。
ハッキリ言ってクソである。何が楽しくて小さい頃、劣等感とか諸々溜め込んだ相手の面倒なんぞを見てやらないといかんのだ。
何なら父さんと母さんは実の息子ほっぽり出してナツキの方にご執心ですらある。親としてどうなんだそれは。そんなに可愛いなら旅させろよマジで。
「……お腹空いた」
「はいこちら本日の朝食になります」
秋の涼しさが漂う道を歩く中、何やらぼやき出した自業自得幼馴染に、カバンからおにぎりを放り投げる。
俺のカバンは重い。
何故なら朝が弱くて朝食を食べられない、そしてお昼を用意する時間もない幼馴染の分も母親が丹精込めて作ったのち、俺に持たせるからだ。
そして今しがた投げ渡したおにぎりも。ちなみにもう一つある。念のために言うが、俺の分ではない。ナツキがおにぎり一つでは足りなかった場合の保険である。尚、これまでにナツキが朝食でおにぎりを二つ以上食べたことはない。とらぬ狸の何とやら。
「むぐ、むぐ」
包まれたラップを素早く剥いだナツキは小さい一口を何回も重ねて食べ進めていく。
そして、
「……むぐ、むぐ」
「そっちじゃねぇっての」
流れるように道を間違え、高校とは全くの逆方向目掛けて歩いていく。
――ので、ナツキの手を掴み方向修正を行う存在が彼女の登校には必須なのだ。
お前この街何年目なの? 土地勘って言葉はお前の辞書にはないの?
「むぐ、むぐ、むぐ」
間違えたことすら自覚していなさそうな、壊れたカーナビみたいな幼馴染の手を引くのは果たしてこれで何度目なのだろうか。
相も変わらずおにぎり食ってる姿には呆れや苛立ち通り越してそろそろ畏敬の念が湧きつつある。もう本当、お前天才。
かと思えば、
「むぐ、むぐ……ふふふ」
「…………米粒つけんなよ」
引いた腕を逆に絡めて、ナツキは俺の腕に抱き着いてきた。
そして満足げに笑う。
柔らかい感触が分厚い布通して二の腕から肩にかけて伝わってくるが、俺はもうなんか、あんまり何も思わなくなっていた。
自分からくっついてくれるなら方向修正の手間もないし、むしろ都合が良いなとすら考えている。
あと本当にくっつき過ぎて米粒つけるのだけやめてほしい。気付けないから。
帰って制服から着替えた後に発見して、カピカピになったのを取るのすっごい虚無だから。
母さんには『米粒発見事件』が起きるたびに、次からパンにしろと言っているのだが、ナツキがお米大好きなせいで聞く耳持たない。あんまこういう言い方したくないんだけど、俺の制服の金出してるの母さんたちだよね? 米粒だらけになっていいの?
「――おっ、花野に陽佐。今日も揃ってギリギリ登校だな。ご苦労さん」
「先生、こいつを高校に泊まらせられないか、今度本当に職員会議で検討してくれませんか?」
「花野が連れてくるんだから問題ないだろ?」
「その前提ができあがってるのが問題だろ」
吐き捨てるように言うものの、校門前で登校してくる生徒に挨拶するジャージ姿の男の先生(確か竹田)はニカッと笑うだけである。
このやり取りも何回したんだか。毎度諦められないのは、一向にナツキに自立の兆しが見えないからだ。
「早く教室行けよー。あと陽佐、校舎入る前に食い切れよ」
「むぐ、むぐ、楽勝」
何が楽勝なんだか。
家から近いとはいえ、歩いて十分ちょい。その間に食ったのが三分の二程度なんだからどう考えても楽勝ではない。
本当に始業ギリギリなせいで、俺たち以外に教室へ急ぐ生徒はいない。
階段を上がり、何の因果か、同じクラスになった俺たちは教室へ向かう。
その間もナツキは離れることはなく。
そして、廊下を歩いている最中、別の教室からこっちを見てくる何人もの生徒は、この光景にもう大したリアクションを示さなくなっていた。
『あぁ、あの二人ね』
みたいな。
入学当初こそ驚きやナツキの顔面偏差値故に俺への妬み等、とばっちりも良いところなやっかみが多かったが、ここまで継続されると人間慣れるものらしい。
俺としては是非抗議をしてほしい。あんまり俺に被害が出ない形なら喜んで受けて立つ。そして俺を負かしてほしい。
そんなことを考えながら、自分たちの教室へと始業チャイムギリギリに滑り込む。
空いた横並びの席二つが俺とナツキのものである。そう、こんなところで運命の悪戯は起こったのだ。最悪なことに。
やっぱり食い切れなかったおにぎりをまだモグモグするナツキを席につかせて、俺も自分の席に座る。
すると前の席の男子(大して仲は良くない)から、揶揄い混じりにこう言われた。
「毎日お勤めご苦労様だな、花野。やっぱ幼馴染って憧れるなー」
俺はそれに曖昧に笑って返す。
何が良いんだか。
好きで遅れてるわけでもなければ、好きでセット扱いを受けているわけでもない。
まして、幼馴染の登校下校の面倒なんて、高校生にもなって誰がやりたいんだ。
重ねて言おう――幼馴染というのはロクなもんじゃない。




