12話 もうお腹いっぱいって言ってるだろうが
モヤモヤを抱えたまま、聞きたいことだけ聞いてニヤつきながらさっさと帰った風松を余所に勉強しているうちに時間が来た。
丁度良いところで終われたので、カバンに教科書類を詰め込んで立ち上がる。
この空き教室悪くないな。グラウンドから遠いから部活動に励んでる人たちの声もあんまり耳に入ってこないし。
怖いのは教師に見つかった時くらいか。
図書室も良いんだけど、若干肩肘が張るんだよな。
「人も来なさそうだし、穴場教えてもらったな」
そこは風松に感謝しなければなるまい。
九月も後半。日の入りも早い。
窓の外を見ればもう辺りは暗くなっていて、サッカー部が撤収に取り掛かっていた。
室内であってもまだ暖房がついていないので微妙に寒い。外はもっとだろう。よくもまぁ元気に走り回れるものである。
……俺もナツキに自信をバキバキに折られてなかったら、何かしらに打ち込んでたのかもしれないが。
「やめよう、悲しくなる」
折角良い気分だったんだから、そういう気分のまま帰ろう。
そのためにも、さっさとナツキを回収せねば。
勝手知ったるものの、夜になるとまた雰囲気が変わる校舎内。
俺はそこを通り過ぎて、女バレが使っている第二体育館の部室が見える位置へ。近くの木に寄りかかる定位置で待つ。
「毎度のことながら落ち着かない」
入学当初は、まだ俺が『登下校係』として浸透していない(しなくていいのだが)こともあって、校舎の外で待っていた。
そしたら、道に迷うからという理由でナツキにここを指定された。なんで女バレの練習終わり一番に目に入るのが俺なんだよ。他の部員嫌だろ。
が、メキメキと頭角を露わにするナツキの天才っぷりと、普段の生活でも俺が過度に関わらされている惨状に何を思ったのか、次第に何も言われなくなった。
俺としては、もっと強く異議を唱えてもらいたい。ナツキが部内でどれだけの存在感なのかは知らないが、それはそれ、これはこれである。
「……はぁ」
ソワソワして視線を彷徨わせて、最終的にスマホを弄るのがいつものルーティンだ。
よく分からないニュースだの動画だのに流されて時間を潰していると、ざわざわと声が聞こえ出した。
どうやら帰り支度が終わったらしい。
ピロン。
『終わった』
そんなメッセージに、俺はスマホをポケットに仕舞い込んだ。
すぐに部室から女バレの部員が一斉に出てくる。
当然のことだが、部活動エリートの立間庭高校であるが故に部員全員が相応の実力を兼ね備えた実力者たちであり、総じて身長が高い。
俺の身長が百七十五センチで男子平均よりやや上程度なのだが、遜色ないくらいに大きい人がちらほらいる。勿論俺より低い人もいるが、スポーツやってるのもあってか妙に威圧感があった。
その上で、誰より身長的な主張が激しいのが何を隠そうナツキである。
「アキ、疲れた」
俺を見るなり一目散に駆け寄ってきた幼馴染は俺より身長が高い。
確か百八十四センチとか。本当に恵まれた体格だ。
お陰で毎回見上げる羽目になる。
「はい、母さんから」
「やった、おにぎり」
「大会近いから頑張れってさ」
夕食前に女子に食べさせる大きさではないおにぎりをカバンから取り出して渡す。ようやく俺のカバンの重量が普通くらいになった。
「むぐ、むぐ」
「手をつけるのが早ぇよ」
そんなに食って太らないのかと思わないでもないが、生憎とスポーツのお陰で代謝抜群のナツキは、食ったら食った分だけ上に伸びる。ただし食うのは遅い。
そろそろ止まりそうだが、それでも未だに成長期だ。
「あ、花野君。じゃあ、ナツキちゃんのことは任せるね。じゃっ、また明日。お疲れ様でーす!」
部活中にナツキの面倒を見てくれているらしい女子が俺を見つけてすぐに帰った。
なんか、厄介を押し付けられた気分である。実際には、俺が押し付けてる……いや、両親から俺が押し付けられてるんだが。
「アキ、帰ろ」
「引っ張るなっての」
風松と話してからというもの、こいつ妙に上機嫌だな。
鼻歌なんか柄じゃないだろ。
「あー、陽佐さーん」
と、そこで声がかかった。
このゆるゆるな声。あの人だな。
「……西園寺先輩、何か用?」
ナツキは敬語とか使わない。
基本誰に対してもこんな感じなので、俺は結構ハラハラしている。
「うーん、ちょっとねー」
だが、この人はそういうのを気にしない。
女子バレーボール部部長、西園寺 紅葉先輩だ。
名前の通り紅く染まった葉っぱみたいな色の髪と、開いているんだかいないんだか分からない糸目。そして常に半開きの口がチャームポイントの、ゆるキャラみたいな一個上の先輩である。
ただし俺と同じくらいデカい。最初見た時は首から上と下で情報が一致しなくて大いに困惑した。
「今日凄い調子良かったからさー、負けないよーってー」
「分かった、叩き潰す」
「ナツキやめろ。すいません先輩、後で言っとくんで」
面倒臭がりのナツキでもバレーにおいては譲れないものがあるのか、口調が荒くなる時がある。特に西園寺先輩とはポジションが被るからライバルだとか何とか。
俺はそんなナツキのわき腹を小突いて咎めた。もう少し俺の背が高ければ頭を引っ叩けたのだが。
「いいよー、全然気にしないからー。陽佐さんはそうでないとー。私も頑張るねー」
のほほんとした口調で、本当にゆるキャラみたいに言う先輩。
気にしていなさそうなのは本当みたいで、すぐに話は切り上げられた。
「じゃあ邪魔してごめんねー。また明日朝ねー」
そう言って西園寺先輩は踵を返して仲が良いグループの元に向かっていった。
ナツキも部活終わりは俺じゃなくて、そういう人たちと帰ればいいのに。そっちの方が良いと俺は思う。お互いに楽だし。
「アキ、お腹空いた」
「……お前今おにぎり食ってるよね?」
「今日、いつもより身体動いたから、その分エネルギー使った。これじゃ足りない」
「……はいはい、そうだな。帰るか」
我が儘な幼馴染を適当にあしらって、暗くなった夜の道を歩いていく。
校門付近で他の解散した他の運動部員たちに『あぁ、またこいつらか』みたいな目で見られたが、もう慣れているのでスルーだ。
「そういえばナツキ、風松と昼休みに何話したんだ?」
「秘密」
珍しい。ナツキは隠し事をしない。そもそも部活以外ほとんど一緒というのもあるが。
「……まぁ、女子の友達できてよかったな」
「ん」
友達、という言葉をすんなり受け入れたのも意外だった。
風松が何を吹き込んだのか、ちょっと怖くなってくる。
聞こうかとも思ったが、今日はもう風松と安藤でお腹いっぱいなのでやめておいた。
「今日の夕飯なんだろうな」
「カレーだと思う」
「また俺には来てない母さんからのメッセージか?」
「私が食べたい」
幼馴染はいつも通りである。
確かめるようにスマホを確認したナツキが不意に目を見開いて、それから腕を絡めてきたので、前言撤回である。
俺もうお腹いっぱいって言ってるだろうが。




