11話 どういう子が好みなの?
――で、そんな見かけによらない芸術系女子であらせられる風松は、放課後一番ナツキと入れ替わるようにして顔を見せた。
俺が渋い顔をしたのは言わずもがな。
「……何の用?」
結局あの後、昼休み中俺の席を占拠していた風松は、若干の良い匂いをその場に残し、特に言葉を交わすこともなく自分のクラスへ戻っていった。
何故だか機嫌が良くなったナツキに聞いてもはぐらかされるばかり。
これが女子トークというものなのだろうか。だとすればナツキはもっと女子と話した方がいいと思う。俺が把握している限り、こいつは基本俺か女バレの部員数人としか会話をしていない。
「なんでもないよ?」
そう言いながら小首を傾げる風松の破壊力は凄まじい。
銀髪が一緒になって揺れるその仕草は、顔面偏差値の高さも相まってそこらの男を容易にノックアウトできるだけの暴力性を秘めていた。
昨日のことがなければ、俺も危うかったかもしれない。
……いや、ないか。何の脈絡もなしに風松に話しかけられたなら、俺は真っ先に距離を取ると思う。
「ところで、今話せる?」
「そんな時間はない」
「嘘だぁ、ナツキちゃんから聞いてるんだよ? 毎日ナツキちゃんのこと待つために残ってるって」
なるほど、前言撤回だ。
二度と女子トークなんてするな、ナツキ。
この女が食いつきそうな話題を垂らすな。
「……はぁ、分かったよ。今、教室掃除してるから、どっか別の場所でいいか?」
逃げようとしても追いかけてきそうだ。
観念することにした俺は教室の外を指差す。
「話が早いね。よしっ、行こうっ!」
乗り気な風松は我先にと教室を飛び出した。嵐みたいな奴である。
仕方がないので俺もついていく。
廊下を歩くと、通り過ぎていく生徒たちがまず最初に風松を見て、その次に俺を見て露骨に顔をしかめた。
異質な組み合わせに驚いているんだろう。俺だってちょうど二十四時間前までこんなことになるなんて思ってもみなかった。
「今更だけど、こんなとこ見られていいのか?」
「へ? 何が?」
「何がっていうか、安藤にだけど」
昼休みの口ぶりからして、どうやら本当に行き違いが発生しただけで両想いらしい幼馴染の二人。
今俺が風松と一緒に歩いている状態は、突然俺という異物が入り込んだように移りかねない。実際は半ば強制的に巻き込まれただけなんだが。
「……はっ」
こいつ今気付いたぞ絶対。
「は、花野君っ、偶然一緒に、たまたま歩いてたけど、さすがにここからは違う方向に歩いていくよねっ?」
「……そうだな」
「じ、じゃあ私こっちだからっ!」
走り去っていった風松。大慌てで、今にも転びそうな勢いで。何なら今女子生徒とぶつかった。男子生徒じゃなくてよかったと思っておこう。新しいラブコメの予感は俺にとっても面倒だ。
それにしても、まさかここまで考えなしだとは思わなかった。
あれだけ顔は良いんだから、男子との関わりだってあるはずだ。その上で安藤という意中の相手がいるのだから、その辺気にしそうなものだが、なんかもう『風松だしな』で納得しつつある自分がいた。
さて、どうしたもんか。
主導していたのは風松なのだから、いなくなってしまわれると俺は路頭に迷ってしまう。
「いや、これに乗じて有耶無耶にするという手も」
ピロン。
スマホが電子音を鳴らした。タイミング的に嫌な予感がする。
ポケットから取り出して画面を恐る恐る確認した。
『五階の空き教室集合!』
どうやら今日こそ来るかと思った親からの夕食発表ではなかったらしい。
微妙に食べた気がしない昼食のことを思い出した。
というかいつ俺の連絡先……ナツキ経由で昼休みの間にか。
「……行くか」
スマホの電源を落として向かおうとしたら、急いでほしい的なニュアンスのスタンプが送られてきた。
ため息を吐きながら、俺は仕方なしに普段よりほんの少しだけスピードを上げて階段を上がる。
辿り着いたのは人気のない五階の隅の方。
安藤と言い、誰にも見られない穴場をよく知っているものだ。昨日もここで告白してれば俺が関わることもなかったというのに。
どうしてよりにもよって中庭なんて一番目立つ場所で狂気の沙汰に及んだのか。
「おっ、来た来た」
「風松さ、もうちょっと考えて動いたら?」
「考えてますけど?」
好きな人がいるという自覚をちゃんと持った上で動かないと変な勘違い増やすぞという意味なのだが。
頬を膨らませた風松の姿からは、『お前は馬鹿か』とでも言われたかのような不満が滲んでいる。そういうところだ。
「で、話って何?」
既に座っていた風松にならって、俺も空いてる近場の席に適当に座りながら聞く。
「花野君ってさ、どういう子が好みなの?」
「……恋愛相談の次は恋バナかよ」
もうその手の話はお腹いっぱいなんだが。
「いいからっ、早く答える」
泣いてた時と言い、感情を面に出す騒がしさがある風松。子どもみたいに机をバンバン叩いていた。
「……あー、急に聞かれると……どんなんだろ」
改めて考えてみると、ナツキ以外の女子と関わる機会がほとんどなかった気がする。
そして、当のナツキにそういった感情はないので言葉に詰まる。
「こだわりはない、かな?」
「強いてっ、強いて挙げるならっ!」
「えぇ……そもそも付き合うっていうのがいまいち想像できないんだよ」
「花野君の人生って悲しいの?」
「そこまで言う?」
おかしい。恋愛に興味がない高校生がいたって別にいいだろ。
「華の高校生なんだから、色めき立たないと勿体ないよ」
色めき立った結果、昨日の惨状だった奴がなんか言ってら。
「じゃあさ、初恋は?」
「妙にぐいぐい来るな。顔近いって」
段々身を乗り出した風松の綺麗な顔が近付きつつあった。漂ってくる良い匂いは、昼休み終わりの五限に嫌が応にも鼻腔をくすぐったものだ。
どうやらパーソナルスペースが極端に狭いらしい風松から距離を取る。
心臓がちょっと驚いた。
「……初恋……初恋……」
今度は別の理由で言葉に詰まる。
俺としては、認めたくないし考えたくもない幼少期だったからだ。
風松はそういう時だけ目聡い。
「おっ、心当たりアリみたいだね」
「鋭いこって。……まぁ、一応、多分……ナツキだと思う」
そりゃそうだ。
見慣れた今でも、ナツキの顔の良さはよく分かる。
他と比べても抜きんでた顔面偏差値に対抗できるのは、多分風松くらいなものだろう。だから話題になるのだ。
とはいえ、今となっては消し去りたい過去だ。
恋と呼べるのかも分からない幼くて淡い高鳴りは、出会ってすぐにナツキの才能に完膚なきまでに叩き潰されることになる。
そうして今の俺になるのだから。
「むふふ、ふふふふふふ……頂きましたー」
気色悪い笑いをし始めた風松が、何とも言えない愉悦の表情で俺を見た。それでも顔が崩れ切っていないのは流石と言ったところだ。できれば今すぐやめてほしい。
「なぁんだ、もっと早く素直になればいいのにさぁ花野君っ!」
「……ソウダネ」
「よしよしっ、やっぱり私の考えは間違ってないんだよっ! 幼馴染には無限の可能性があるんだっ!」
頼む安藤。この拗らせてしまったモンスターを早く解き放ってやってくれ。
俺のためにも。
「と、いうことは今だって色々抱えてるんでしょ? いいよ、このミフユお姉ちゃんが受け止めてあげるから何でも言ってごらんなさい?」
「あっ、そういうの間に合ってるんで」
「え、ナツキちゃんとそういう感じなの?」
「断る時の方便だ馬鹿」
頭の中ピンク一色かお前は。
「ふふふ、これは後でナツキちゃんに報告だねー」
「なんか言ったか?」
「んー、何もー?」
「本当かよ……」
明らかに目元がニヤけている。纏う雰囲気もどこか浮足立っていた。
全然信用に値しない。
「もういいか?」
「えー、まだまだこれからだよ?」
「もう疲れたんだが」
「照れてるじゃん」
あぁ言えばこう言う。疲れたって言ってるだろうが。
「……そういえば、安藤って美術部だったんだな」
「そうだけど、どうしたの急に?」
「いや、昼休み追い出されてから校舎の中彷徨ってたら偶然聞いた」
適当に嘘を吐きながら、俺は続けて聞いた。
「風松って、部活何入ってんの?」
「入ってないよ。本当はリクと同じとこにしたかったけど厳しいって噂だったし……私、絵とか描くのも見るのもいまいち苦手で」
「そうか」
何か後ろめたいことがあるわけでもないし、隠し事をしている雰囲気でもなさそうな風松の態度に、俺は適当に相槌を打つ。
何となく、引っかかるものがある気がした。




