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10話 人は見かけによらないものである

 いっそムカつくくらいに同じ過程を辿って俺のもとに行き着いたらしい相談内容に、俺はようやく生姜焼きを吞み込んだ。

 口の中に広がる肉々しさが喉にへばりつく。


「……付き合ってない」


「あ、え? そうなの?」


「全然、全く、これっぽっちも付き合ってない。何を以てそう判断したのか知らないけど、俺とナツキは付き合ってない。ただの幼馴染ってだけ」


 昨日のようになっても面倒なので先に念を押してく。

 意外そうな顔をする安藤は、ポカンとしている割にイケメンをキープしていた。


「そ、そうだったんだ。ごめん、勘違いしてて」


「……まぁ、そういうわけだから相談とかされても困る」


 言いながら、口の中にブロッコリーを放り込んだ。野菜が食いたかった。


「そう……だよね。ごめん、本当……」


 しゅんとなる安藤。

 優男が落ち込んだ結果、小動物みたいになった。俺の口の中は若干の気まずさで野菜の味すらしなくなる。


 ……面倒臭い。


「その幼馴染を好きになった経緯、断った理由」


「え?」


「それ教えてもらわないと何も言えないぞ、こっちは」


 うん、きんぴらごぼうも味がしない。食感だけは楽しい。

 なんで二日連続で幼馴染関連の相談を聞かなきゃいけないんだ俺は。


 思いつつ、口から出てしまった言葉は引っ込めない。

 意外そうにしている安藤を急かした。


「ほら、早く。言っとくけど、あんま期待しないでくれよ」


「あっ、うん、分かった。……花野君ってそういう人だったんだな」


「え、俺どういうイメージだったの?」


「たまに見かける時、大体気難しい顔してるから怖い人なのかな、って」


 気難しい顔?

 ……いや、心当たりがある。ナツキが絡んでくる時は大方そうだ。つまりほぼ毎日そんな感じということか。

 そりゃ友達もできない。


「……あー、話戻そう」


 悲しくなったわけではない。断じて。


「そうだね、ごめん。えぇと、俺の、その……幼馴染との馴れ初めは……彼女、元々海外に住んでたんだ。家族皆でこっちに引っ越してきて、日本語がまだ曖昧だった。だから困っていて、放っておけなくて俺、頑張って話しかけたんだ。英語とか下手くそなりに頑張って」


 うんうん、聞いたことあるな。


「段々笑うようになってくれて……それで、気付いたら……好きに、なって……たんだ」


「そうか。それで?」


 生姜焼きを口に入れ、ギュムギュムさせながら続きを促すと、安藤はさらに顔を赤くした。


「……その、ある日……家族揃って絵の展覧会に行ったんだ。俺の父親と幼馴染の父親が同じ画家が好きだったみたいで……それで、幼馴染がさ、一枚の絵に見惚れてたんだ」


 懐かしむみたいに、安藤が目を細めた。

 視線を下から横に向けて、一枚のキャンバスを見つめる。布が被せてあって何が描かれているのかは分からなかったけど、大事なものだということだけはすぐに分かる。


「それが、凄く印象的で。未だに目を閉じたら思い出せる。俺、その時に思ったんだ。『あぁ、俺もこの子を見惚れさせる絵が描きたい』って」


「だから美術部に?」


 こくり。イケメンは頷いた。


「前から絵を描くのは好きだったんだけど、それから猛練習してて。気付いたら、小さいけど賞取ってた」


 屈託のない笑顔が浮かぶ。

 素直に凄いなと思った。そんな実績持ってたのか。


 俺の中で安藤が、若干だけどナツキと被る。


「けど、まだ足りない。あの時彼女が見惚れた絵には、まだ全然足りてない。あの絵に近付きたくて……できれば、超えたくて。色々、試行錯誤を重ねて。この高校に来たのも、美術の先生が凄い人だったからなんだ」


 ここで問題教師が主要人物になった。

 嘘だろ、素行が悪いだけの人なんじゃないのか。芸術家には変人が多いとは聞くが、高校の設備の合鍵作るとか職権乱用も甚だしいぞ。


「あんまり社会に馴染めなさそうな人ではあるけど本当に凄い人なんだよ。天下原エボシって名前で活動してるから、興味があったら調べてみるといいと思う」


 フォローが入ったが、何の効果もない。むしろ怖くなった。

 絶対に調べないようにしよう。


「その人のもとで色々学んで、頑張って、掴み始めてきたんだ。最近ようやく」


「大丈夫か? なんか変なことされてないか?」


「あはは、大丈夫だよ。全然、命の危険はないから」


 その何気ない一言が俺の背中に冷たいものを走らせる。

 このイケメン、もしかしなくても変人か?


 ……とはいえ、誰かのためにそこまでのめり込めるというのは凄いことだと思う。

 俺には逆立ちしてもできないことだろう。


「……けど、仕上げに取り掛かると色々疑問が出てきちゃったんだ。『ここはこの色でいいのか?』とか、『このテーマで本当に良かったのか?』とか、『もう一回描き直した方が良いかもしれない』とか」


「そういうもんか」


「そういうものなんだ。勢いで描き上げられる先生みたいな天才もいるけど、生憎俺にそんな大それた才能はないからさ。良いものができてると思えば思うほど、自分の評価が重荷になるんだ」


「それが……断った理由か?」


「うん、そんなとこ」


 きんぴらごぼうがなくなった。結局味はしなかった。


「頑張りたいんだ。人生の目標って言ってもいいかもしれない一枚を描き上げて、それで……幼馴染に告白したいんだ。そのために、他のことを全部一旦置いておきたくて……けど、逆効果だったかな……」


 悲しそうに目を伏せた安藤。

 そろそろお茶が本格的に欲しくなってきた俺は、湿っぽい雰囲気でお茶を濁すことにした。


「それだけ好きってことだろ。じゃあ、そこまで含めて絵にすればいいんじゃないの?」


 できるかは知らないが。

 そもそもどこまで描き上がってて、ここからどれだけ手直しできるのかとか、ずぶの素人である俺には分かろうはずもない。

 仮に見せてもらっても適当なことしか言えないだろう。ならもう見ずに適当なことを言った方が早い。


「……そんなこと、俺にはできない」


「じゃあ、満足行かないまま、延々と悩んで先伸ばしにするのか?」


 酷い話だが、それは困るのだ。俺が。

 正直、これは渡りに船だ。

 風松が安藤を避けるなら、安藤から風松に接近すれば解決する。晴れて、俺はよく分からない風松の思い付きから解放されるというわけだ。


 なので頑張ってほしい。マジで。


「安藤が名前伏せてるから俺もあえてぼやかすけど、その幼馴染、可愛いんじゃないのか? いつ取られてもおかしくないくらいには」


 あの醜態抜きにしたら、風松は十分に可愛い。

 安藤というイケメン幼馴染の存在がなければ、恐らく引く手は数多だろう。


 安藤との距離が露骨に離れればチャンスと判断した輩はきっと増える。

 多分告白されても風松は断るとは思うが、ここは一つ、発破でもかけてみることにした。


「それは……まぁ、そうだけど」


「なら、『できない』で諦めるのも一旦置いておこうぜ」


「花野君、先生みたいなこと言うね」


「それはちょっとノーセンキューかもしれない」


 気まずいので米をかっ込んで誤魔化した。

 お茶欲しい。後で買いに行こう。


 時計を見ると、まだ昼休みは続きそうだ。時間はある。


「絵のことよく知らない分際で偉そうなことペラペラ語っただけだけど、参考になったか?」


「とりあえず、悩みは吹っ切れたよ」


 つまり、参考にはならなかったと。

 まぁ、そんなもんだろう。

 ナツキとの長い付き合いで学んだ経験則だが、こういう時、人は適当な言葉でもいいから背中を蹴っ飛ばしてもらいたいだけなのだ。


「そうか、なら頑張れ」


「うん、花野君に話せてよかったよ。ありがとう」


 そうして放たれるイケメンスマイル。

 感謝を忘れないところも、安藤をイケメンたらしめている理由だと思う。仕草と態度がもうイケメンなのだ。


 その眩しさに目を逸らした俺は、逃げるように消えていく人影を見た気がした。


「誰だ?」


「誰かいた?」


「あぁ、いや……気のせいかも」


 この美術室、実は廊下の隅っこに位置している。

 つまり美術室に用がないとやってくることはないはずで……まぁ、多分気のせいだろう。


 銀色が見えた気がするのも、多分光の反射か何かだ。


 そう言えば、風松は美術部に入って安藤と距離をさらに縮めようとか思ったりはしなかったのだろうか。

 ……勝手なイメージだが、すぐに退部させられそうだ。


 俺の中の風松 深冬に、芸術に造詣があるとは思えなかった。

 とはいえ絵を見て泣くとは、人は見かけによらないものである。

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