1話 幼馴染というのはロクなものじゃない
――ぴんぽーん。
ちゅんちゅん鳴く鳥たちの朝の井戸端会議。
たまに吹く秋の風の肌寒さ。
春に着慣れたはずなのに、夏を挟んだせいかイマイチ馴染まないブレザー。
そういうのに混じって、俺はチャイムを鳴らした。
微妙に機械の調子が悪い、腑抜けた音だ。若干のノイズが頭を冴えさせる。
『……はぁい』
「今起きただろお前」
『そんなことは……な――』
「駄目だ寝るな起きろ」
チャイムを連打する。
これまた微妙に押し心地の悪いボタンは、強く押し過ぎると戻ってこなくなるので力加減は肝心だ。この境地に達するまでに一か月かかった。
とはいえ、そんなことで躓いていてはチャイム越しの声の主はまた寝てしまう。というかもう半分以上寝ている。
「遅刻するだろ、ナツキ!」
ちらりと見たスマホが示す時刻はギリギリだ。
どうせ着替えてないのだろうナツキ――幼馴染の着替えを手伝って準備させてうんたらかんたら……やはりギリギリだ。
しかし無情にも返事なし。
仕方ない。こういう時のために貰ってたものがある。
……俺、四月からここまでで、一体何回これ使ったんだろうか。
「……はぁ」
ため息を吐きながらポケットから取り出したのは、今俺とナツキの間を隔てている扉の合鍵だ。
ガチャリ。
もう躊躇いもしなくなってきた他人の家の開錠に、若干嫌な気分になりながら、俺は靴を脱いで中へと入る。
「おい起きろ。行くぞ学校、遅刻するから」
「…………」
廊下を抜けた先で案の定、安眠を決め込む幼馴染にムカついたので額にデコピン一発。
当然だが、この程度で起きるのなら俺はこんな役回りはしていない。
「むにゃ……っ!? へぶぶぶぶぶぶぶぶぶ!?」
「いい加減起きろ、いつまで眠りこけてるつもりだお前」
チャイム連打でもデコピン一発でも足りないのなら、俺がするのは往復ビンタだ。ちなみに親御さんの許可はバッチリ得ている。『むしろやってくれ』とのお墨付きである。
「……何するの?」
「起こしたんだが?」
「寝かせて?」
「うるせぇ着替えろ今すぐにだ」
「……アキのエッチ」
面倒なので往復ビンタをもう一セット。無駄な力を入れず、指先を鞭のように振るうのがコツだ。一セット二十回。
左右に揺れる幼馴染の顔を睨みつけて、どれだけ切羽詰まってるのかを教えてやる。本当ならこんなことをしている余裕すらない。さっさと動けナマケモノ幼馴染。
「……仕方ない、着替えるからあっち行ってて」
「見張ってるからさっさとしろ? また寝られたら困るんだわ、こっちは」
「そんなに見たい?」
「おぉ見たい見たい。お前がさっさと制服に着替えてドヤ顔かましてるのめっちゃ見たい」
「……しょうがない」
……俺はどうしてこんな奴にこんな言葉をかけているんだ。
まんざらでもなさそうに、ようやく動き始めたナツキがちゃんと最後までできるのか見届けながら、俺はため息を吐いた。
こんなことになったのも、全ては俺とこいつの関係性が原因だ。
幼馴染というのはロクなものじゃない。
現に俺は、この春からの初々しい高校生活を今のところ、この幼馴染の『登下校係』として過ごしているのだから。




