第70話:連動する呼吸、覚醒する拳
交差ダンジョンの修練は、いよいよ核心へと迫っていた。
二人はもはや、単に技術を教え合う段階を超え、互いの肉体が持つ「理」を自分のものにするための、泥臭い試行錯誤を繰り返している。
「大介さん、まだ火が『爆発』しています。それはただの火事です!」
エイミーの鋭い声が響く。大介は掌から火の玉を出そうとしていたが、彼の強大な魔力は制御を失い、周囲の地面を黒く焦がすだけだった。
大介の欠点は、魔力を「筋力」と同じように一気に押し出そうとすることにある。
「……クソっ、加減が難しすぎるんだよ。蛇口を全開にするのは得意だが、一滴ずつ垂らすなんて芸当は……」
大介はそう毒づきながら、**無意識に自分の銀色の後髪を指先でくるくると弄んだ。
**それは、エイミーが難解な魔導書を読み解く時や、深い思考に沈む時に見せる特有の癖だった。
エイミー本人はそれを見て、自分の癖が「ゴツい大介」の姿で再現されていることに、妙な気恥ずかしさを覚える。
「イメージを変えてください。魔力は筋肉ではありません。『熱を持った液体』が、血管の隣を通る細い管を流れていると考えるのです。その管の先、一点にだけ……」
大介は目を閉じ、エイミーの言葉をなぞる。
熱の粒子を一本に束ね、シュッ! という音と共に小さな「火の槍」が岩を貫いた。
「……これだ。力じゃない、流路を作る感覚か……!」
一方、エイミーは地面に描かれた円の中で、大介の指導を受けていた。
「エイミー、また膝が浮いてる。一歩踏み出す時、母指球で地面を『噛む』んだ」
大介の言葉に応えようと、エイミーは泥に汚れながら何度も踏み込みを繰り返す。
「地面を……噛む……。ここから、力を……吸い上げる!」
ドンッ! と石畳が鳴り、鋭い正拳突きが大介のミットを叩いた。
「……今のは良かった。お前の知性と、『重み』の乗せ方が噛み合ったな」
「やりましたわ……!」
エイミーは弾んだ声を上げ、満足げに鼻の頭を親指でクイッと擦ってみせた。
それは大介が格闘の試合前や、難敵を退けた際に見せる、自信に満ちた男臭い癖だった。
可憐な美少女がそんな仕草をするミスマッチさに、大介は思わず苦笑いをもらす。
「おいエイミー、お前……。さっきから俺の癖、うつってんぞ」
「えっ? ……あっ! 違います、これは、その……単に鼻が痒かっただけで!」
顔を真っ赤にするエイミーを見て、大介もまた、自分が今しがた「髪を弄んでいた」ことに気づき、気まずそうに手を下ろした。
言葉や技術だけでなく、魂の奥底にある「無意識」までもが、少しずつ二人を繋ぎ始めていた。
夕刻、二人は汗だくで倒れ込んだ。
「……ふふ、大介さん。これで私も、次は危うげなく勝ってみせます」
「ああ。俺も、あの白銀トカゲの鱗を、今度は火の槍で焼き切ってやるよ」
まだ完全に身についたわけではない。ふとした瞬間に感覚は指の間から零れ落ちていく。
だが、二人は確かに「壁」の向こう側を覗き見た。
それぞれの帰路につく二人の背中には、昨日よりも一回り大きな自信と、自分でも気づかないうちに「相手の色」に染まり始めた相棒への信頼が刻まれていた。




