第69話:甘い報酬と、束の間の休息
その日の修行は、これまでで最も過酷なものとなった。
エイミーは大介の投げ飛ばしに泥にまみれて銀髪を振り乱し、大介はエイミーの放った「氷の粒」を全身に浴びて、凍えながら魔力の精密制御を叩き込まれた。
「……もう、指一本……動きません……」
「俺もだ……。お前の魔法、今日のは容赦なさすぎだろ……」
二人は交差ダンジョンのひんやりとした床に大の字になって寝転んだ。
天井のない深い闇が広がる空間。だが、そこには以前のような孤独な静寂はない。
隣には、同じように息を切らし、泥臭い努力を共にする「相棒」がいる。
大介は重い体を起こすと、保冷バッグを手繰り寄せた。
「おい、エイミー。今日の『ご褒美』だ。これのために頑張ったんだろ」
取り出したのは、地球の高級店で購入した「季節のフルーツタルト」と、コンビニの「とろけるプリン」。
「……っ! それは……!」
エイミーの瞳が、一瞬で魔力のように輝いた。疲れも忘れて飛び起き、大介の手元を凝視する。
「リディアにもお菓子はありますけれど、大介さんが持ってくるものは口溶けの『概念』が違います! さあ、早く! 私の血糖値が限界を告げています!」
「わかった、落ち着け。お嬢様らしさが台無しだぞ」
二人は岩をテーブル代わりに、スイーツを広げた。
エイミーがタルトを一口運ぶと、サクサクの生地と甘酸っぱいイチゴ、計算され尽くしたカスタードが口いっぱいに広がる。
「…………しあわせです……」
頬を押さえ、うっとりと目を閉じるエイミー。
「だろ? こっちじゃ、これ一つ買うのに行列に並ばなきゃいけないんだ。……お前が頑張って魔力を練るから、俺も頑張って並べるんだよ」
エイミーは、ふと大介の手を見た。指の関節は太く、皮が剥けている。
ふと、彼女の中にずっとあった疑問が口をついて出た。
「……大介さんは、なぜそんなにも努力できるんですか?」
「あ? 何言ってんだ。お前だって、俺の厳しい特訓に文句言いながらついてくる努力家じゃねえか」
「いいえ。私が努力できるのは、大介さんが居るからです。……学生のときの私は、いつも寝てばかりでした。努力しなければ『落ちこぼれ』と言われても傷つかない。そうやって自分を守るために、ずっと逃げていたんです」
エイミーは、残りのタルトを愛惜するように見つめた。
「リディアの人口は7割以上がエルフです。でも、社会的地位がある上位層は、不思議と人間の方が多い。……寿命が短いからこそ、あなたたちは時間を大切にしている。命を燃やすように生きている。そのことが、大介さんに出会ってようやく分かりました」
何百年という時を生きるエルフにとって、一日は一瞬に過ぎない。
しかし、10歳年上の大介にとっての一日は、人生の重い一片だ。
彼が泥にまみれても「今日」を積み重ねようとするのは、終わりのある生を知っているからだ。
「……お兄様たちは、私に『できないこと』を数えて笑いました。でも、大介さんは私の『できること』を伸ばして、こうしてご褒美までくれる。……家出をして、本当に良かった」
大介は少し照れ臭そうに鼻を擦り、もう一つ小さな包みを取り出した。
「これ、麻衣からの差し入れだ。『お兄ちゃんがお世話になってるエイミーに』ってさ。安物のクッキーだけどな」
「まあ! 麻衣さんに、よろしく伝えてください。……今度、リディアの珍しい花の種でも贈りますね」
エルフと人間。流れる時間の速さは違えど、今この瞬間に感じる甘さと感謝だけは、二人の間で等しく溶け合っている。
「……さて。甘いもん食って気力も戻った。明日は『火』の応用編だ。容赦しねえからな、エイミー」 「望むところです、大介さん。貴方の足捌き、明日こそ完璧に見切ってみせます!」
二人はそれぞれのポータルへと向かい、一度だけ振り返って頷き合った。
運命を切り拓くための日常へ戻る二人の背中を、交差ダンジョンの静かな闇が見守っていた。




