第64話:白熱の決勝、見えざる「壁」
武術大会、決勝。
闘技場の熱気は最高潮に達していた。**エイミー(大介体)**の前に立つのは、これまでの戦士たちとは明らかに格が違う男、リチャード。
王都の騎士団ですら一目置く、剣の天才だ。
リチャードは細身の長剣を構え、一切の隙を見せずに大介の巨体を観察している。
「……ダイスケ殿。貴方の拳、確かに恐ろしい。だが、その大振りな動き……私には止まって見える」
「……随分な自信ね。その余裕、いつまで持つかしら?」
エイミーは大介の野太い声で応じながら、全身に魔力を巡らせた。
これまでのように「ただ打つ」だけでは届かない予感が、彼女の鋭い直感に警鐘を鳴らしていた。
開始の鐘が鳴った瞬間、リチャードの姿が消えた。 目にも留まらぬ速さで懐に潜り込まれ、鋭い刺突が放たれる。
(速い……ッ!)
エイミーは大介の逞しい脚を使い、紙一重で回避する。だが、リチャードの剣は止まらない。
流れるような連撃が大介の巨体を追い詰め、魔力で強化した肌をかすめていく。
「――シッ!」
エイミーは反撃の正拳を放つ。
大介の体が生み出す圧倒的な破壊力が空気を裂くが、リチャードは柳のように体を逸らし、その衝撃を完全にいなしてみせた。
「無意味だ。どんなに強い力も、当たらなければ意味がない。貴方の動きは……肉体の性能に頼りすぎている」
リチャードの剣先が大介の肩を裂く。エイミーは痛みに顔を歪めながら、焦りを感じていた。
大介なら、ここでどう動く? この巨大な肉体を、どう制御してあの速さに追いつく?
エイミーは精密な魔力の操作で、大介の筋肉一つひとつを強引に駆動させようとした。
だが、それが逆に仇となる。
魔力で無理やり体を動かそうとすればするほど、筋肉に不要な緊張が生まれ、動作の「起こり」を相手に悟られてしまうのだ。
(くっ……制御が追いつかない……! 大介さんのこの力、強大すぎて私の思うように流れてくれないわ!)
大介の肉体は、本来「闘争の呼吸」と共に動くもの。
それを魔導師であるエイミーの感覚で、まるでお人形を動かすように操ろうとしても、そこには明確な限界があった。
「これで終わりだ、ダイスケ殿!」
リチャードの奥義が放たれる。三つの刺突が同時に迫る。
エイミーは咄嗟に魔力を爆発させ、衝撃波で強引にリチャードを弾き飛ばしたが、それは「武術」ではなく「力任せの拒絶」だった。
数十分の死闘の末。エイミーは全身に無数の傷を負いながらも、最後はリチャードの剣をその厚い胸板で受け止め、怯んだ隙に首筋へ手刀を叩き込んで勝利をもぎ取った。
「……勝者、ダイスケ!!」
沸き立つ観客。しかし、エイミーに笑顔はなかった。
優勝はしたが、それはあくまで大介の肉体のタフさに救われただけの結果だ。
(……負けていたわ。もしリチャードの剣が、もっと強力な魔剣だったら……私は今頃、この体を失っていた……)
エイミーは、震える大介の拳を見つめた。
新宿で魔導の壁にぶつかった大介と同じように、エイミーもまた、この屈強な肉体を使いこなすための「コツ」……大介だけが知る、肉体と魂を一致させるための感覚を教わる必要性を痛感していた。
「……大介さん。……貴方に教わらなきゃいけないことが、たくさんあるみたいだわ」
手に入れた優勝賞金の重みを感じながら、エイミーは王都の空を見上げた。




