第59話:高慢な魔女の限界
白銀の迷宮に、金属が激しくぶつかり合うような音が響き渡る。
**大介(エイミー体)**は、幾度目かの『白銀トカゲ』の尾による一撃を、魔力強化した腕で受け止めた。
「くっ……! 本当に、忌々しい鱗ね……!」
大介の放つ拳は、確かにトカゲの急所を捉えている。だが、極限まで磨き上げられた白銀の鱗は、衝撃の八割を「逃がし」、残りの二割を「反射」する。
エイミーの華奢な拳には、トカゲの肉を砕く感覚ではなく、逆に自分の骨が軋むような痛みが走っていた。
「物理が通らないなら、力ずくで押し潰すまでだと思っていたけれど……。この階層の魔物は、根本的に理が違うというわけ?」
トカゲは壁を蹴り、光速に近い速度で縦横無尽に跳ね回る。
大介の動体視力でも追いきれない「銀の閃光」となり、死角から鋭い牙を剥いて襲いかかってきた。
「……舐めるなと言っているでしょう! 焼き尽くしなさい!」
大介は、エイミーの記憶の底にある「火炎魔法」を強引に引き出し、右拳に纏わせた。
熱膨張によって鱗の結晶構造を脆くし、そこを物理打撃で撃ち抜く――。理屈は完璧だった。
だが。
「……ッ!? 魔力の制御が……っ!」
瞬間、大介の右腕で魔力が暴走した。
エイミーの体は、あまりにも純粋で、あまりにも膨大な魔力を持っている。
それを大介のような「武人の感覚」で一点に凝縮し、さらに「属性」という不純物を混ぜようとすると、精密な演算が追いつかない。
炎は拳を包むどころか、大介の周囲で無秩序に爆発した。
「あぐっ……!」
自らの魔法の余波で視界が奪われた隙を、トカゲは見逃さない。鋭い爪が大介の肩を裂き、鮮血が銀色の髪を汚した。
【屈辱の苦戦】
「はぁ……はぁ……。この私が、こんなトカゲ一匹に手こずるなんて……」
大介は肩の傷を魔力で強引に止血しながら、膝をつきそうになるのを耐えていた。
これまでの階層は、エイミーの「スペック」と大介の「技術」の掛け合わせだけで蹂躙できた。
だが、十六層の魔物は、魔法と物理の『完全な融合』を要求してくる。
右拳に火を、左拳に氷を。
言葉で言うのは容易いが、エイミーの繊細な魔力回路を、戦闘の極限状態でピアノを弾くように正確に操る技術が、大介には致命的に欠けていた。
「ギィィィィッ!」
勝利を確信したのか、白銀トカゲが三体に増え、包囲網を狭めていく。
大介の頭に、リディアで優雅に(中身は大介のゴツい体のまま)お茶を飲んでいるであろうエイミーの顔が浮かんだ。
(……あいつ、魔法の時だけはあんなにスラスラと呪文を繋げやがって。……コツだ。あいつにしか分からない、あの『魔力を編む感覚』が分からないと、ここでは死ぬぜ……)
「……笑わせないで。私は、天才なのよ。貴様のような雑魚に、教えを乞う必要なんて……一度たりともないんだから!」
大介はボロボロになったローブを翻し、再び魔力を絞り出す。
高飛車な魔女の仮面が剥がれかけ、中身の「泥臭い男の意地」が燃え上がっていた。




