第56話:社交界への宣戦布告
再び、魂が境界を越えて入れ替わる。
地球側では、本来なら大柄な男であるはずの**大介(エイミー体)**が、簡素な魔法使いのローブのような衣服に身を包み、麻衣のアパートでノートPCと向き合っていた。
「……動きにくいな、この服。麻衣、リディアトレードの次の発注リストはこれでいいか?」
「お兄ちゃん、その格好で椅子にふんぞり返らないでよ! 中身がエイミーさんだなんて誰も思わないんだから、もっとおしとやかに!」
二人の秘密を知るのは、地球側では麻衣だけだ。
一方、リディア側のルナリス商会。
そこには、ガザルが「組織の窓口」として全幅の信頼(と恐怖)を置く、屈強な大男――**エイミー(大介体)**が立っていた。
サロンには、ガザルが呼び集めた十数人の貴族夫人たちが集まっていた。彼女たちは皆、豪華なドレスに身を包み、期待と疑心の入り混じった視線を「組織の代理人」に向けている。
「ガザル殿、この方が……例の『奇跡の香油』を持ってきたという、リディアトレードの?」
「いかにも。ダイスケ殿とお呼びください。彼こそが組織の供給を束ねる御方だ」
ガザルは恭しく紹介する。夫人たちは、目の前の野蛮そうな、しかし底知れない威圧感を放つ男
――中身はエイミー――を扇子の影から観察した。
エイミーは大介の野太い声を意識し、冷静沈着な「支配人」を演じきる。
「お待たせしました、淑女の皆様。私がリディアトレードの総支配人代行、ダイスケです」
エイミーは大介の体を使い、教わった通りの冷徹なトーンで言い放った。
彼女たちの目には、これまでルナリス商会と巨額の取引をしてきた「謎の男」にしか見えていない。
「さて、皆様。我が社のオイルの香りを試す前に、その安っぽい香水の匂いを魔法で遮断させていただいても? 純粋な香りを汚されたくないので」
「な、なんですって……!?」
憤慨する夫人を無視し、エイミー(大介体)は地球から持ち込んだ「薔薇のヘアオイル」の蓋を静かに開けた。
その瞬間、サロンの空気が完全に静止した。
地球の最新技術で精製された、圧倒的な薔薇の芳香。リディアの調合師では決して到達できない、魔法のような純度が広間を満たす。
「……っ!? 何、この清らかな香りは……」
「今までの香油が、まるで泥水に思えるわ。これが……これがあなたの力なの?」
エイミーは大介の逞しい指先で、繊細なシートマスクのパウチを破り、魔法の光でその「肌への浸透効率」を視覚化してみせた。
「これは、肌の時間を一時的に固定し、再生させる楔です。……本気で美しさを手に入れたい方以外、我が社は客を選びます。金貨を積む覚悟のない方は、今すぐお引き取りを」
かつてない強気な姿勢に、夫人たちは先ほどまでの傲慢さを忘れ、目の前の大男にすがるような視線を送り始めた。ガザルは確信した。
この「ダイスケ」という男がもたらす商品は、リディアの権力構造すら変えてしまうと。
一方で、地球側の**大介(エイミー体)**もまた、可憐な魔法使いの姿でスマホを握りしめ、問屋の白石部長に低く鋭い声で追い込みをかけていた。
「……白石さん。前払いは済ませた。契約通り、来週までに在庫を揃えてください」
二つの世界、二つの偽りの姿。
誰にも知られていない「入れ替わり」という武器を使い、二人は同時に商戦の火蓋を切った。




