第5話:銭ゲバの契約
ギルドの奥にある防音完備の相談室。
北川さやかは、机に身を乗り出し、獲物を狙う鷹のような鋭い目で大介(エイミー体)を凝視していた。
「……なるほど。異世界の少女と体が入れ替わった、と。そしてこの『全系統適性』は彼女本来の才能。あなたはただの器に過ぎないわけですね」
大介が事情を話すと、北川は疑うどころか、ニヤリと口角を上げた。
その顔は先ほどまでの事務的な仮面とは違い、欲望に忠実な「銭ゲバ」の顔だった。
彼女にとって、真実がどうあれ「利用できるかどうか」こそがすべてなのだ。
「いいでしょう、信じます。全系統適性の魔法使いを私がプロデュースすれば、ギルドからの報奨金、専属契約の仲介料、産出素材の独占販売……。戸田さん、いえ、エイミーさん。あなた、金の卵どころかダイヤモンドの原石ですよ。私に管理を任せなさい」
「……えらく話が早えな。だが、俺の正体は隠し通してくれよ」
「当然です。商品価値を守るのもマネージャーの仕事ですから。その代わり、利益の三割をマネジメント料として頂戴します。嫌とは言わせませんよ?」
北川の強欲さに圧倒されつつも、大介は頷くしかなかった。この女、金の匂いがすればどんな無理も通しそうだ。
三割は痛いが、断るとマズそうだ。協力者ができたことを喜ぼう。
北川との契約を済ませ、大介はホクホク顔でアパートへと戻った。
「よっしゃ……これで俺の人生、バラ色確定だ」
美少女エルフの体。そして、地球に数人しかいない貴重な魔法使いとしての地位。
適性検査の結果は、明日にはギルド内に広まるだろう。
そうなれば、高額な依頼が舞い込み、借金も家賃滞納も一瞬で解決できる。
「エイミーのやつ、大人しくしてろなんて言ってたけどよ。この体、最高じゃねえか。明日は贅沢に高い肉でも食って、ついでに温泉にでも……」
大介は浮かれていた。
魔法という万能の力を手に入れ、周囲にチヤホヤされる未来。
適当に魔法をぶっ放しているだけで、サラリーマン時代の年収など数日で稼げる。
誰も自分を知らないこの体なら、どんな好き勝手をしたって構わないはずだ。
だが、大介は忘れていた。
彼には、このアパートの合鍵を持ち、事あるごとに口うるさく踏み込んでくる「天敵」がいることを。
「ふふーん、お風呂、お風呂っと……」
鼻歌まじりにシャワーを浴びようと、大介がパーカーを脱ぎ捨てたその時だった。
「お兄ちゃん! 何回電話しても出ないからお父さんがキレてるわよ! 『あのバカ息子、冒険者になるとか言って逃げ回ってんじゃない』って!」
ガチャリ、と無遠慮にドアが開いた。
戸田大介の唯一の肉親にして、最大の天敵。
看護師として働く妹の麻衣が、怒鳴り込みながら部屋に踏み込んできた。
「ちょっと、いつまで寝……て……」
麻衣の言葉が止まる。
そこには、パーカーを半分脱ぎかけ、透き通るような白い肌を晒した銀髪の美少女――エイミーの体になった大介が、間抜けに口を開けて固まっていた。
「……え、誰? お兄ちゃん、女の子連れ込んでたの?」
「い、いや、これは……!」
「っていうか、あなた誰? お兄ちゃんはどこ? 逃げたの?」
麻衣の視線が、鋭いメスのように大介(エイミー体)を射抜く。
大介は必死に頭を回転させた。
「コスプレ趣味の友達だ」
「俺の彼女だ」……いや、どれも通用しない。
麻衣は人間の観察力にかけては怖いくらいだし、何より兄の「動揺した時の癖」を熟知している。
「あー……その、麻衣……。落ち着け、俺だ。大介だ」
「はあ? 何言って――」
麻衣が絶句したのは、その声のトーンと独特の「間」が、紛れもなく自分の知っている「バカ兄貴」そのものだったからだ。
大介は観念して、これまでの経緯をすべてぶちまけた。自宅ダンジョン、異世界、入れ替わり魔法……。
「……信じられない。でも、その喋り方と中身のない話の組み立て方は、間違いなくお兄ちゃんね」
「中身がないとか言うな! 頼む麻衣、親父には黙っててくれ。俺は今、美少女魔法使いとして人生逆転するチャンスなんだ!」
大介は内心、これで口止め料でも払えば好き勝手できるだろうと踏んでいた。
しかし、麻衣の顔に浮かんだのは「呆れ」と「警戒」だった。
「何言ってんの!?お兄ちゃん、今のあんたの顔、完全に下心丸出しだもん。このエイミーさんって子、こんなに可愛いのに……あんたみたいなデリカシーのない男に中身を乗っ取られて、本当にかわいそう」
「おい、言い方!」
「決めた。私、明日から時々ここに泊まり込むから。お兄ちゃんがエイミーさんの体で変なことしないように、監視してあげる」
大介が絶叫する。
「はあ!? 冗談だろ! 俺はこれから魔法使いとしてチヤホヤされて、自由を謳歌する予定なんだよ!」
「うるさい。エイミーさんの尊厳は私が守る。特にお風呂と着替え! 私が立ち会うから、あんたは目をつぶってなさい! 破ったら即、お父さんにチクるから。……わかった?」
「おまえ仕事はどうするんだよ!?」
「お兄ちゃんの家、職場の病院に近いから問題ない」
そうだった。こいつはこれと決めたら譲らないんだった。
銭ゲバの北川に利益を握られ、毒舌の麻衣に私生活を握られる。
大介の「好き勝手な成り上がり生活」は、開始早々に暗雲が立ち込めていた。




