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第41話:兄の背中と、遠い世界の「妹」

新宿の安アパート。鋼鉄の板で内側から封鎖された玄関を背に、大介はダンベルを握り込んでいた。


 交差ダンジョンでの修行を終え、自分の体に戻ってからのルーチンだ。


エイミーが使った後の肉体は、魔力の循環が良くなっているせいか、筋肥大の効率が異常にいい。 


「……ふぅ。よし、次」


 そこへ、夕食の買い出しをして訪ねてきた妹の麻衣が、リビングのソファにどさりと座り込んだ。


「お兄ちゃん、ちょっと休憩したら? さっきから鼻息荒すぎて怖いんだけど」


「……ああ。悪い、今終わるところだ」


 大介はタオルで汗を拭い、麦茶を一気に飲み干した。


麻衣はじっと兄の横顔を見つめ、少し躊躇してから、以前から気になっていた「核心」を突いてきた。


「ねえ、お兄ちゃん。ずっと気になってたんだけど……エイミーさんのこと、本当はどう思ってるの?」


「ぶふぉっ……!」


 大介は麦茶を吹き出しそうになり、激しくむせた。


「なんだよ急に。……相棒だっていつも言ってるだろ。仕事のパートナーだよ」


「はいはい、その『ビジネスライク』な言い訳は聞き飽きたの。あんなに可愛くて、お兄ちゃんのために一生懸命魔力を練ってくれて、挙句の果てに体まで貸し借りしてるわけでしょ? ぶっちゃけ、女として意識してないわけ?」


「……意識、ねえ」


 大介は天井を仰いだ。


 エイミーの、あの透き通るような銀髪。自分を見上げる時の、強気だがどこか怯えたような瞳。自分が嫌いという自信のなさ。



「……なんていうかさ。あいつを見てると、昔のお前を見てるみたいなんだよ」


「……私?」


 麻衣が意外そうに目を瞬かせる。


「ああ。お前も看護師になる前、実家の親父と進路で揉めて、泣きながら勉強してただろ。『私だって、自分の力で生きていきたいのに』ってさ。……エイミーも同じなんだよ。名門貴族の家に生まれて、道具みたいに扱われて、それでも必死に自分の居場所を作ろうともがいてる」


 大介の脳裏に、ボロ家で一人、魔力切れになりながらも自分を待っていたエイミーの姿が浮かぶ。


「あいつは、危なっかしくて放っておけない『妹』みたいなもんだ。守ってやりたいとは思う。でも、それは恋愛感情っていうより……あいつが自分の足で立てるようになるまで、兄貴分として背中を押してやりたい、っていう感覚に近いんだよ」


「……ふーん。お兄ちゃんらしいっていうか、なんというか」 


 麻衣は少し拍子抜けしたように笑った。


「でも、エイミーさんはお兄ちゃんのこと、単なる『兄貴分』とは思ってないかもしれないよ?」 


「バカ言え。あいつは俺の胸板を『おかず』だと思ってる変態だぞ。あっちじゃ人間とエルフじゃ寿命が違いすぎて、他種族は最初から対象外だって言われてるしな」


「……そっか。寿命、ね」


 麻衣は少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに兄の背中をパチンと叩いた。


「いいんじゃない? 世界を股にかけた『お節介な兄貴』。お兄ちゃんには、そのくらいの距離感が丁度いいよ。……でも、あんまりあっちの妹を優先して、こっちの妹を放置しないでよね?」


「わかってるよ。……さて、休憩は終わりだ。あいつが次に俺の体に入ったとき、腰が砕けねえように、もう一セット追い込んでおくか」


 大介は再びダンベルを握った。


 恋愛でも、単なるビジネスでもない。二つの世界を繋ぐポータルの向こう側にいる、もう一人の大切な「家族」。


 その自由を守るための筋肉が、今日もまた熱く膨らんでいった。

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