第3話:境界の契約
視界が激しく揺れ、内臓をかき回されるような感覚に大介は蹲った。
「う、あ……なんだ、今の……」
ようやく吐き気を抑えて顔を上げると、視界の高さが劇的に変わっていることに気づいた。
床が近い。それ以上に、視界の隅に映る自分の髪が、短髪の黒髪ではなく、光り輝くような銀糸に変わっていた。
「……え、嘘だろ。マジかよ」
恐る恐る自分の胸元に触れる。
そこには大介が今まで一度も持ったことのない、柔らかく確かな質量があった。
「きゃっ!? だ、大介さん! いきなり人の体を触らないでください!」
向かい側から聞こえてきたのは、紛れもない大介自身の野太い声。
見れば、自分のジャージを着た大介(中身はエイミー)が、顔を真っ赤にして縮こまっている。
「悪い……。この立派なものをつい確認したくて。……なあ、これ、マジなんだな」
大介は立ち上がろうとしたが、足元がふらついた。
筋肉の鎧を失った体はあまりに軽く、羽根のように頼りない。
だが、体内を巡る「何か」が熱を帯びているのが分かった。これが、魔力というやつか。
エイミーは大介の逞しい指先で慣れないように自分の銀髪をいじりながら、真剣な表情で話し始めた。
「大介さん、落ち着いて聞いてください。この魔法はいくつか制約があります。元の体でないと困る用事もあると思うので、元の体で過ごす日も作るのはどうでしょうか」
彼女が提示したルールは、あまりに奇妙で、かつ徹底したものだった。
【入れ替わりのルール】
1週間のうち、4日間は入れ替わり状態。
4日目は魔法が解ける際のリスクを避け、外出せず家で過ごること。
入れ替わるのは外見だけで、性格や記憶はそのまま。
1週間に一度ここで再開して入れ替わり魔法をかけ直す。
「4日入れ替わって、3日戻る、か。まるで週休3日の交代勤務だな。まあ、今の俺に失うもんはないし、知り合いもいないからバレる心配もないだろ。思う存分魔法使いをやってやるよ」
大介が能天気に笑うと、エイミーは不安そうに顔を曇らせた。
「……大介さんはそうかもしれませんが、私は心配です。人前でボロが出ないように、互いの性格を意識して過ごすべきじゃないでしょうか?」
「細けえことはいいんだよ。俺の姿をしてるお前が急にしおらしくなったところで、誰も気にしねえ。俺の知り合いなんて郵便局員か大家くらいだしな」
大介は軽い足取りで跳ねるように動いてみせた。
エルフの身体能力は低いというが、大介にとっては「魔法が使える体」というだけで希望の塊だった。
「3日後、魔法が解けたらまたここで。……それまで、死なないでくださいね」
「ああ。そっちもな。その体、一応空手の心得があるから、危なくなったら迷わず殴れ。じゃあな!」
大介はエイミーの小さな足で、地球側のアパートへと続く光を潜った。
家賃滞納、無職、格闘家適性のみ。
そんな最悪の人生が、エルフの少女という「究極の才能」を得て、爆発的に加速しようとしていた。




