第2話:運命の交差点
ボロボロだった。物理的にも、精神的にも。
ゴブリンの爪で引き裂かれた右腕の傷に、コンビニの安物ガーゼを貼り付けながら、大介は築30年の木造アパート『二葉荘』の自室へと辿り着いた。
「……痛てぇ。なんだよあの緑の化け物。あんなガリガリの癖に、力だけは強ぇし……」
家賃滞納の赤い封筒がポストで口を開けている。
それを無視してドアを開けた瞬間、大介の思考は停止した。
6畳間の部屋の隅っこに、不気味な青白い光の渦が回転していたのだ。
中心部は漆黒で、まるで空間そのものに穴が空いたような、異様な圧迫感がある。
「突発型……ダンジョン……!? 嘘だろ、こんな安アパートに!?」
逃げようとした瞬間、凄まじい吸引力が大介を襲った。
「うわああああっ!」
衝撃に備えて目を閉じたが、着地は意外なほど静かだった。
冷たい石の床の感触。カビ臭さと、どこか甘ったるい香りが混じった空気。
ゆっくりと目を開けると、そこは5メートル四方の殺風景な石室だった。
「……ここは、ダンジョンの中か」
背後に、人の気配を感じた。咄嗟に空手の構えで振り返る。
だが、そこにいたのは怪物ではなかった。
「あ、あの……!?」
床に座り込んでいたのは、透き通るような銀髪を乱し、涙目でこちらを見上げる少女だった。
長く尖った耳、吸い込まれそうな碧眼。古びたローブを纏い、手には杖を握りしめている。
「エルフ……? まさか、本物か?」
「#%&*@!? $%#……!」
彼女が何かを叫ぶが、言葉が通じない。
だが、彼女の背後にも自分と同じような光の渦が見える。
ここは地球側の扉と、彼女の世界側の扉が、たまたま同時に繋がった特異点なのかもしれない。
少女は震える指先で、自身の喉元に空中で光の紋様を描き始めた。本物の魔法の輝きだ。
「……これで、話せるはず。私はエイミー・レイン。リディアから来ました」
「俺は戸田大介。……地球から来た」
二人は困惑しながらも、魔法の効果で互いの事情を語り合った。
「私の世界では、魔法が使えて当たり前なんです。でも私は威力が平均以下で、落ちこぼれとして馬鹿にされて……女は家庭に入るものだって、政略結婚を迫られて家を出たんです。今はボロ屋で、家賃も払えなくて」
「奇遇だな。俺も会社が潰れて、家賃を滞納中だ」
大介は自嘲気味に笑った。魔法使いが貴族扱いの地球と、剣士が「肉壁」として使い捨てられるリディア。
「……大介さんのその体、凄いです。エルフは非力だから、そんなに鍛えられた人はリディアにはいません」
「こっちじゃ魔法使いが国宝級なんだがな。この体はハズレ扱いだよ」
エイミーは大介をじっと見つめ、意を決したように身を乗り出した。
「大介さん……私、秘匿されていた『入れ替わり魔法』を独学で身につけているんです。もしよければ、体を交換して、互いの世界で生きてみませんか?」
「は……? 体を交換?」
「あなたなら、私の魔力を使って最高の魔法使いになれる。私なら、その力強い体で、戦士として認められる……。お互いのピンチを、チャンスに変えられると思うんです!」
絶望の淵にいた大介にとって、それは悪魔の誘いか、あるいは神の救いか。
「……面白い。どうせ死に体なんだ、やってやろうじゃねえか」
大介は突き出された華奢な手を取った。
その瞬間、魔法陣が二人を包み込み、世界が反転した。




