第28話:帰還と異臭
三日間の期限が訪れ、境界の鏡が淡く拍動するように発光した。
大介(エイミー体)は、新宿の高級焼肉店で限界まで詰め込んだ牛脂による激しい胃もたれと、エルフ特有の鋭敏すぎる嗅覚が捉える「自分の体の脂の臭い」に悶絶しながら、鏡の前で祈るように目を閉じた。
「……頼む、早く俺の脂に強い、頑丈な胃袋を返してくれ……!」
光が爆発的に膨れ上がり、魂が肉体の檻を抜け、次元の壁を越えて「本来の居場所」へと引き寄せられていく。
自分の肉体が持つ、あの重く、力強い拍動が近づいてくる感覚。
「……ぶはっ!?」
目を開けると、そこは見慣れた四畳半のアパートだった。
大介は自分の太い腕、節くれだった大きな掌を握り締め、深く安堵の息を吐く。
「戻った……! やっぱ自分の体は落ち着くな。エイミーは無事か? 変な奴に絡まれたり――」
言いかけて、大介は顔を歪めた。
狭い自室に充満しているのは、安アパートには似つかわしくない、強烈なアルコールの臭いだ。
それも安酒ではない、リディアの酒場で出されるような度数の高い蒸留酒の、刺すような残り香。
「……ん? くっさ!なんだ、この酒臭さ。おい、まさかあいつ……」
ふと視線を落とすと、自分の拳が黒ずんでいる。
ただの汚れではない。皮膚が微かに熱を持ち、毛穴からは何かを焼き切ったような、炭に似た焦げた匂いが漂っていた。
「待て待て、俺の拳が焦げてんぞ!? それにこの、胃もたれとは違うムカムカする感じ……これ、二日酔いじゃねえか!いったい何してんだ」
一方、リディアにあるエイミーの自室。
銀髪の美少女に戻ったエイミーは、パチリと目を開け、自分の柔らかな指先を見て安堵の微笑みを浮かべた。
「あぁ……戻りました。大介さんの体も力強くて素敵でしたけれど、やっぱり自分の体は羽が生えたみたいに軽いです……っ!」
喜び勇んでベッドから起き上がろうとしたエイミーだったが、直後、胃のあたりから込み上げてくる「これまでに経験したことのない不快感」に、「うっ」と喉を押さえてうずくまった。
「……あれ? 何だか、すごく胸やけが……。……うぷっ」
エルフの清廉な肉体には到底許容できない、ドロドロとした牛脂の重みが胃壁にべったりと張り付いている。
血流に乗って全身を巡る、過剰なタンパク質とカロリーの暴力。
「大介さん……あんなに素敵な世界で、一体何を食べていたんですか……。脂の塊をそのまま飲み込んだような……ひどい気持ち悪さです……」
異世界で「自分の体が酒臭い」と憤る男と、地球で「自分の体が脂臭い」と絶望する美少女。
二人は感動の再会を果たす前に、まずは互いの不摂生のツケをその身に刻まれることになった。




