第1話:格闘家の絶望
「適性は……**モンク(格闘家)**のみ、ですね。それ以外の適性は一切ありません」
新宿にある冒険者ギルドの受付窓口。
眼鏡をクイと押し上げた女性職員の声が、戸田大介の心に冷たく響いた。
「魔法使いの適性は……少しもないんですか?」
「ええ、微塵も。地球人は身体能力に特化していますから。魔法使いは全体の5%以下、文字通りの『選ばれし者』ですよ」
大介は肩を落としてギルドを後にした。
27歳。勤めていたIT企業が倒産し、再就職先も見つからず、一攫千金を夢見て冒険者登録をしたのが2週間前。
だが現実は、ゲームのように甘くはなかった。
冒険者制度が始まって15年。世間では華々しい成功体験が語られるが、現実は残酷なまでの格差社会だ。
レア職の魔法使いはパーティの主役として稼ぎまくるが、大介の「モンク」という職業は、この地球のダンジョンにおいては「ハズレ」の代名詞だった。
「素手でゴブリンと殴り合えってか。正気じゃねえよ……」
その日の午後、大介はなけなしの金で買った厚手のナックルガードを手に、初心者向けのFランクダンジョンに潜った。
だが、現実は想像以上に厳しかった。
「ギャギャッ!」
「くそっ、こいつ、皮が固ぇ……!」
身長1メートルほどのゴブリン。
群れで襲いかかってくるそいつらに対し、大介は自慢の空手で挑んだ。
正拳突きがゴブリンの腹を捉えるが、致命傷にはならない。
逆に、相手の錆びた短剣が腕をかすめ、鮮血が舞う。
「魔法があれば……一発で終わるんだろうな」
命からがら逃げ帰り、手に入れたのは小さな魔石が2個だけ。買取価格は合計で3,000円。
治療費のガーゼ代と、空腹を満たすための半額弁当代で、今日の利益は消えた。
重い足取りでアパートへと向かう大介の視界に、スマートフォンの画面が映る。
【銀行残高:38,420円】
郵便受けには、一通の封筒が突き刺さっていた。
「……また、家賃の督促状か」
27歳、無職。貯金は底をつきかけ、適性は不人気な格闘家のみ。
世間が冒険者ブームに沸く中で、大介だけが濁った濁流に飲み込まれ、窒息しかけていた。
「人生逆転なんて、やっぱり夢物語だったか」
大介は自嘲気味に笑い、薄暗い自室のドアを開けた。
それが、自分の人生が根底から覆る「運命の瞬間」になるとは、露ほども思わずに。




