第9話:リディアの「暴力」異邦人
一方その頃、異世界リディア。
戸田大介の肉体(中身はエイミー)は、深い森に囲まれた古都の片隅、木造賃貸のボロい一軒家の硬いベッドの上で跳ね起きた。
「……信じられない。体が、重い。でも……力が漲ってるわ」
エイミーは、大介のゴツゴツとした大きな掌を見つめた。
恐る恐る、自分の……いや、今の自分の体となっている大介の体に触れてみる。
まず驚いたのは、胸板の厚みだ。女性らしい膨らみはどこにもなく、代わりに指先を跳ね返すような、硬く分厚い大胸筋がそこにはあった。
服の上から腹部をなぞれば、まるで洗濯板のように割れた腹筋の起伏が手に取るようにわかる。
(なんて……なんて逞しいのかしら。これが『男の人』の体……)
好奇心に抗えず、エイミーはジャージの裾を少し捲り上げた。
鏡などないボロ家だが、自分を見下ろすだけでその圧倒的な存在感が伝わってくる。
太い腕、浮き出た血管、そして丸太のような太もも。
リディアでは「結婚するなら高筋肉、高身長、高体重」と言われるほど、強靭な肉体は美徳とされている。
地球の基準では18歳の少女から見たら「くたびれたおっさん」である大介も、この世界の乙女であるエイミーから見れば、それはまさに神話に登場する英雄のような、理想を具現化した外見であった。
エイミーは思わず、その硬い二の腕を自分の手でぎゅっと掴んでみた。
「……すごい。少し力を入れただけで、岩みたいになるのね」
彼女はうっとりと、しばしその感触を楽しんだ。
リディアにおけるエルフの女性は、繊細な美しさと引き換えに「非力」の象徴だ。
魔力なんてあって当然。魔法が使えても力は弱く、男たちの言いなりになるしかない。
それが彼女を絶望させていた現実だった。
だが、今のこの体はどうだ。
「大介さんの言った通りね……。魔法がなくても、この体なら」
エイミーは大介のヨレヨレのジャージのフードを深く被り、期待と緊張を胸にリディアの冒険者ギルドへと足を運んだ。
そこは地球の近代的なギルドとは違い、酒臭さと血の匂いが充満する、荒くれ者たちの溜まり場だ。
「おい見ろよ、見慣れない格好のデカい男が来たぜ」
「魔法使いの適性もなさそうだな。ただの図体がいいだけの流れ者か?」
リディアでは武力こそが至高。
体力のない魔法使いは、どれほど魔力があっても前衛の護衛がいなければ戦えない。
受付に向かう大介(中身はエイミー)の前に、一人の傲慢そうな剣士が立ちはだかった。
この街の自警団を気取っている中堅冒険者だ。
「おい、初顔だな。ここらじゃ見ねえツラだな。入会金代わりに、その妙な服を置いていきな。ここで、俺に逆らえると思ってんのか?」
剣士が下卑た笑いを浮かべ、剣の鞘に手をかける。
かつてのエイミーなら、ここで震えて俯いていただろう。
だが、今の彼女の中に宿るのは、大介から教わった「反撃の精神」と、この圧倒的な肉体だ。
「……どいてください。私は、ただ仕事を探しに来ただけです」
エイミーは、大介から教わった「空手の構え」をうろ覚えながら取った。
剣士が「生意気な!」と剣を抜こうと手をかけた瞬間。
ドシュッ!
それよりも早く、大介の肉体が爆発的な踏み込みを見せた。
エイミーが放ったのは、不器用だが体重の乗った真っ直ぐな正拳突き。
「ぶ、ふぇっ!?」
剣士の顔面に拳がめり込み、彼はゴミ袋のように吹き飛んでテーブルを数台なぎ倒した。
ギルド内が、水を打ったように静まり返る。
リディアの常識では、剣士が物理攻撃で、それも一撃で沈むなどあり得ないことだった。
「剣なんて、いらない。この拳があれば、誰も私を縛れない」
エイミーは大介の低い声で、自分に言い聞かせるように呟いた。
地球で「天才魔女」を演じる大介。
リディアで「魔法を粉砕する謎の男」として覚醒するエイミー。
二人の「人生逆転」は、次元を越えて同時に加速し始めていた。




